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津島神社
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詳細
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当社は悪疫流行の折、素盞鳴尊(別名 牛頭天王)を勧請奉斎して氏子の無事を祈ったもので、創立は古老の伝承によれば、文化年間(1804-1817)と推定される。以来、氏子の崇敬は極めて篤く、特に大東亜戦争に浅平村より24名の出征兵士をこの鎮守の社より勇躍戦場に送ったが、神威により全員無事復員したのは全国・・・・・・・・・・ |
501-6255 岐阜県羽島市福寿町浅平4丁目9番地 |
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羽島支部 253 |

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神明神社
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古来より村社なり。当社は藤の宮とも称し境内に目通し三尺余の大藤あり。同郡??藏村の名刹??藏寺への参道筋なれば、参詣の男女老若当社に詣でて休息し、人の絶え間なかりしと傳ふ。明治三十九年勅令の趣旨に基づき明治四十四年四月十八日付岐阜県指令を以て大字小島字仲屋敷881番地に鎮座の無格社津島神社並に字古村・・・・・・・・・・ |
501-0633 岐阜県揖斐郡揖斐川町小島字浜金986番地 |
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揖斐郡支部 2989 |

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西郡神社
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詳細
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嘉応二年八月創祀。本社は人皇八十代高倉天皇の御宇嘉応二年八月従五位下栗戸太夫尉小川経元公江州宇津宮城より農州安八郡曽根城に移り続いて農州静導寺(即ち科村後志名村)に転居し、八幡大神を勧請創建したるものなり。土御門天皇の御宇元久二年八月領主西郷司田加宮公は西郡井水組合なる上野・島・長良・清水・福島・中・・・・・・・・・・ |
501-0562 岐阜県揖斐郡大野町松山小字志名130番地 |
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揖斐郡支部 2942 |

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津島神社
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詳細
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創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
501-0101 岐阜県岐阜市曽我屋2丁目181番地 |
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岐阜市支部 1028 |

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津島神社
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詳細
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創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
503-1602 岐阜県大垣市上石津町牧田3077番地 |
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養老上石津支部 3221 |

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本莊神社
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詳細
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創立月日は不詳なれど、第66代一条天皇の長徳年間の創祀と伝えられる。『美濃国神名帳』に記載される美濃国厚見郡十八社の内、「正六位上楡賀保明神」と称し、古くは牛頭天王社と称せられた。はじめ現鎮座地の東北約七町の地、俗称二連川に鎮座していたが、永禄年間の岐阜の乱の時、戦禍を避けて今の地に遷座した。往古、・・・・・・・・・・ |
500-8369 岐阜県岐阜市敷島町9丁目24番地 |
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公式HP  |
岐阜市支部 1002 |

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八坂神社
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創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
500-8256 岐阜県岐阜市八坂町24番地 |
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岐阜市支部 964 |

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津島神社
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詳細
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創祀未詳。寛文六年十一月八日再建。願主神辺佐助と記せし棟札あり。社号旧来天王社と称せしを、明治七年津島神社と改称す。此組に字禰宜ヶ平といへる地あり。当社の禰宜などの住しけん所ならんか。確証なし。従来の村社なり。・・・・・・・・・・ |
509-0224 岐阜県可児市久々利2795番地 |
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可児支部 606 |

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天王神社
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詳細
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天正十四年三月創祀。天正十四年の創建とあり。加納氏一族の守護神として祭祀し、訴訟の際は里人祈願するを例とす。明治十一年衣裴井水につき紛擾起こるや遂に訴訟沙汰となり、関係者一同其の勝訴を祈願せしに遂に大審院の判決に依り勝訴を得たり。依って神霊の顕著なるに畏服して崇敬の念を増大す。宝暦二年及び安政三年社・・・・・・・・・・ |
501-0554 岐阜県揖斐郡大野町五之里800番地の1の1 |
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揖斐郡支部 2926 |

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素盞嗚神社
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詳細
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創祀不詳。記録に依れば慶長年間土岐美濃守光衛の嫡子従五位大膳太夫光行の二男土岐二郎光俊大野郡饗庭居城の際悪疫流行せしを以て明応四年八月十五日開祖師慈雲和尚の弟子南北和尚をして牛頭天王を奉祀勧請せしむ。之本社創祀の始めなり。延暦元年二月牛頭天王の一宇再建さる。正徳四年八月十五日社頭修復あり。享保廿年八・・・・・・・・・・ |
501-0525 岐阜県揖斐郡大野町六里42番地 |
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揖斐郡支部 2911 |

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