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神明神社
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詳細
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| 大正二年二月一日海神社以下八社を合併せり。村社神明神社、海神社、八劔神社、天神神社、八幡神社、の五神社は享禄天文頃、領主土岐氏の命に依り鵜飼の郷洞村小野村交人村黒野村稲木村御望村折立七郷の御社を洞村深坂神社へ移し奉りし事あり。この時の総社は大領神社(今は海神社なりしか)にして、神明神社八劔神社天神八・・・・・・・・・・ |
| 501-1171 岐阜県岐阜市御望961番地の3 |
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岐阜市支部 1088 |

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丸山神社
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詳細
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| 古くより丸山に鎮座し、元白山神社と奉号す。享保年間に再建、明治2年8月当時字上の町出日神社建立鎮座奉斎、明治12年6月20日岐阜県庁の許可を受け村社となる。明治41年12月7日内務省によって再び白山神社に合し、改めて丸山神社と号す。丸山神社は苗木城下にあって、城主遠山氏の崇敬があつかった。又、境内に・・・・・・・・・・ |
| 508-0101 岐阜県中津川市苗木字苗木3341番地 |
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中津川市支部 2235 |

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纐纈神社
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詳細
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| 俗に大明神社と称す。往古源頼朝鎌倉に幕府を開し時に当たりて京都登りの武士纐纈源吾盛康と唱ふる者、頼朝に縁故ありて関東に下向致したる折しも美濃國一の児郷上中村拝領土着せし。以来子孫連綿相続して今に至るまで此の地に住して交告氏の宗家となる。就中源吾盛康の孫修之助は勇猛の士なり。故に歿後人尊敬しての余り、・・・・・・・・・・ |
| 505-0121 岐阜県可児郡御嵩町中2177番地 |
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可児支部 559 |

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縣主神社
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詳細
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| 創祀不詳なれども、延喜式従三位とある。目荒れ木三年拝殿再興の棟札あり。旧号縣主大明神又は加茂縣主大明神又は縣主神社と云ふ。宝暦八年八月当社上葺棟札、安永九年十一月上葺、寛政五年六月その他棟札多数。新撰姓氏録左京皇別の條に鴨縣主は冶田連と同祖なり。彦座命之後也。又同本摂津神皇別の條に鴨君彦座命後也など・・・・・・・・・・ |
| 505-0046 岐阜県美濃加茂市西町7丁目62番地の1 |
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美濃加茂市支部 2440 |

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白鳥神社
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詳細
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| 創祀未詳。本國帳所載土岐郡七座の内垣野明神と称す。里伝に曰く即ち本村当國土岐郡南方の山間に在りて三河國加茂郡と接す。同郡猿枝山に鎮座の神は大碓命なり。之れ当社に祭る神小碓命の御兄に坐せり。故に当社は猿枝山同時に鎮座ありと云へり。又嘉吉二年十一月葺き替えの棟札に武藤右衛門と記せり。其の頃の領主と見えた・・・・・・・・・・ |
| 509-5312 岐阜県土岐市鶴里町柿野2240番地 |
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土岐支部 2347 |

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猿田彦神社
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詳細
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| 当社の御祭神は、猿田彦命を奉斎する。勧請年月日等不詳と云へども口傳によれば慶長庚子年徳川家康関ケ原陣凱旋の時加納城を修築し奥平美作守信昌をして城主たらしむ。信昌入城の砌り城の東北に八幡宮、城の西南現在の地に當神社を勧請し、表裏両方の鬼門の守護神とせり。歴代城主崇敬淺からずと云へり。現今も郷土人の崇敬・・・・・・・・・・ |
| 500-8276 岐阜県岐阜市加納南陽町2丁目22番地 |
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岐阜市支部 975 |

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陣屋稲荷神社
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詳細
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| 慶長年間金森国司侯、宮川の西に下屋敷及び蔵屋敷を構へ(今の陣屋跡)邸内特に蓄穀倉の鎮護として当神社を奉祀され、元禄五年以後当国は幕府直轄となり、此の地に代官所(陣屋)を置き、当神社も以来其の所管に移り、宝暦四年十月時の代官柴村盛喬更に稲荷分霊を合請し、安永三年二月郡内大泉正統社殿を再建す。代々陣内鎮・・・・・・・・・・ |
| 506-0012 岐阜県高山市八軒町3丁目4番地 |
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高山市支部 1680 |

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中山神社
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詳細
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| 本社は、大和国吉野郡延喜弐内金峰神社の分社にして、第二十九代宣化天皇御宇宣化4巳未年勧請すると伝えられている。国主遠山家代代厚く崇敬され所謂祈願所が置かれていたが、天正2年武田勝頼のために遠山家は滅亡、その後里人達により氏神様として祭祀を営み現在に至っている。おいぬ様、往昔吉野金峰山より美濃国中山神・・・・・・・・・・ |
| 509-7831 岐阜県恵那市串原3913番地 |
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恵那市支部 1666 |

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朝浦八幡宮
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詳細
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| 御鎮座の此山東高原川の奔流に峙し険崖高五十間西奥高原の道路に傍で高二十間路下に吉田川の小流あり。南鳥居の間夕路斜にして九十間北険にして四十間絶頂平地周廻二町半総て峻険して松杉鬱蒼たり。北愛宕山に次て外四山の脈を断ち民戸を隔ち清浄なる一小山なり。里説に所謂往古高原郷開拓の祖神を奉齋し、之を高原神(高良・・・・・・・・・・ |
| 506-1162 岐阜県飛騨市神岡町朝浦601番地 |
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吉城郡支部 1254 |

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稲荷神社
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詳細
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| 当社の御祭神は古く当地の産土神として奉齋されしものと拝せられ、恐らくはその創祀の当初五柱の祭神を奉祀されたるに依り当地の字名を五明と呼ぶに至りしものにあらざるかと推考さる。以来永き時代の変遷に伴ひ中世群雄割拠を来たし就中竹中重元当郡岩手を領するに及びては、其の子半兵衛重治に至り、雄名あまねく天下に知・・・・・・・・・・ |
| 503-2107 岐阜県不破郡垂井町岩手2290番地 |
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不破郡支部 2553 |

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