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神明神社
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詳細
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| この神社は、関村東南端の津保川畔の地にあった堤防鎮護の神明堂を元禄元年(1688)八月にこの地に移し、関郷の鬼門に総鎮守として祀られた。この地は当時吉田村(現出来町)と関村(東木戸村)が村の境界線にあり、鬼が東木戸町に出入りしないようにと厄祓いをし、町名を東木戸町から伊勢町に改町されたと伝えられてい・・・・・・・・・・ |
| 501-3841 岐阜県関市伊勢町17番地 |
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関市支部 884 |

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祖師野八幡宮
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詳細
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| 往古門原村の住人田口左近光員は、飛騨4ケ村並びに美濃16ケ村の総代となり、養和元年2月初卯の日に相州鎌倉八幡宮の御分霊を勧請して、祖師野の榧野(茅野)に小社を創立した。応永20年に、社殿の規模を整えて現在地に遷座し、美濃16ケ村、飛騨4ケ村の総社として現在に至っている。御供田高10石は応永22年3月・・・・・・・・・・ |
| 509-1606 岐阜県下呂市金山町祖師野字茅野223番地 |
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益田支部 300 |

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陣屋稲荷神社
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詳細
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| 慶長年間金森国司侯、宮川の西に下屋敷及び蔵屋敷を構へ(今の陣屋跡)邸内特に蓄穀倉の鎮護として当神社を奉祀され、元禄五年以後当国は幕府直轄となり、此の地に代官所(陣屋)を置き、当神社も以来其の所管に移り、宝暦四年十月時の代官柴村盛喬更に稲荷分霊を合請し、安永三年二月郡内大泉正統社殿を再建す。代々陣内鎮・・・・・・・・・・ |
| 506-0012 岐阜県高山市八軒町3丁目4番地 |
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高山市支部 1680 |

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八王子神社
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詳細
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| 社伝によると八王子神社は、天暦3年(949)勧請され社領2000石、明知、串原、高波、浅谷などの請村を武家の世が到来するまでは領していたといわれる。天正2年(1574)3月武田勢のために、城と共に焼かれ、慶長8年卯年(1603)十三代利景明知城再興、旧領安堵の御朱印拝受により、新たに社殿を再建した。・・・・・・・・・・ |
| 509-7731 岐阜県恵那市明智町1400番地の1 |
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恵那市支部 1663 |

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市杵島神社
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詳細
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| 承元建暦年間の創祀と傳へらるも不詳。木曽川の辺り龍宮ヶ城(鵜沼町伊木山の下木曽川の巻辻)へ承元年間に市杵島姫之守御出現あり。浦島太郎木曽の上松在の住人とあり)安芸の宮島に於いて祝言すべく玉手箱を授け給ひし伝説を以て知られ有名なり。・・・・・・・・・・ |
| 504-0922 岐阜県各務原市前渡東町4丁目24番地 |
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各務原市支部 789 |

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日抱神社
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詳細
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| 創祀不詳。里伝に乗鞍大神を分祀せりと。又当地の樹木繁茂を願ひて紀州より大神を奉請すと云ふ。▲「日抱神社」?・・・・・・・・・・ |
| 506-2118 岐阜県高山市丹生川町白井字大岩115番地 |
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大野支部 2144 |

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須佐之男神社
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詳細
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| 創立は旧記伝来無く不詳と雖も年暦古きにと氏子中に伝承せり 棟簡建立 元和五年巳未と記載あれとも全再建立と云へり 本村字を天王と称する 根元は此神社ありし故に號して地名とし次第に氏子繁茂一部を成せり 明治二十一年下半期津島神社を須佐之男神社と改む・・・・・・・・・・ |
| 501-2105 岐阜県山県市高富1452番地の2 |
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山県市支部 1742 |

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多岐神社
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詳細
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| 和銅年間創祀。延喜式神名帳に載せられたる古神社なり。当國神名帳にも従四位下多岐明神とて本郡十六社の内に入れられたり。里老の伝説に、元明天皇の和銅五年の鎮座にして山城國紀伊郡稲荷神社と同神なりと云へり。国史を按ずるに、是より先和銅四年二月山城國紀伊郡飯盛山に始めて稲荷神社を建給ひしこと見えたれば、その・・・・・・・・・・ |
| 503-1312 岐阜県養老郡養老町三神町406番地の1 |
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養老上石津支部 3157 |

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白鬚神社
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詳細
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| 創立縁由不詳と雖も里伝に曰く川島郷の尊地字雄栗木水防式内川島神社の説あり。此の地寛永年度木曽川洪水の為流失因て該地より移転配祀の内、武甕槌神、経津主神、大児屋根命、姫命、応神天皇は元市松本字北松元無格社春日神社祭神にして、大正四年九月十六日岐阜県の許可を得て合祀。配祀の内軻遇槌神は当社境内愛宕神社祭・・・・・・・・・・ |
| 504-0925 岐阜県各務原市松本町1丁目212番地 |
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各務原市支部 797 |

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吉野神社
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詳細
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| 慶長六年三月氏子の勧請により、社殿を造営し、以来崇敬怠り無く、明治中期改築せり。・・・・・・・・・・ |
| 500-8227 岐阜県岐阜市北一色8丁目6番14号 |
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岐阜市支部 948 |

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