
|
|
七代天神社
|
詳細
|
| 霊亀2年(716)当村の児童七人、にわかに気が狂ったようになった。里人が「どうしてそのようになったのか」と問うと、その児童が答えて「お前たちはしっかりと聞きなさい、我々は七代天神の霊である。ここで我々を尊崇したならば永く国家を守り民を安らかにしよう。このことを急ぎ皇帝に奏上して勅命をうけて神社を創立・・・・・・・・・・ |
| 501-4610 岐阜県郡上市大和町島字宮前3211番地 |
 |
|
郡上市支部 1510 |

|
|
神田神社
|
詳細
|
| 当社は元正天皇養老2年の勧請と言い伝う。延喜式神名帳に賀茂郡神田神社、美濃国神名帳に賀茂従五位下神田明神、又三代実録に貞観6年8月15日美濃国神田従五位上とあるは当神社なりと。然るに、承平年間以後の変乱相続き数百年の間に頽廃して神社も朽失せんとするに至り、嘉慶2年12月源忠広が再興修復し堂宇皆浮居氏・・・・・・・・・・ |
| 509-1302 岐阜県加茂郡東白川村神土604番地 |
 |
|
加茂郡支部 524 |

|
|
龍神神社
|
詳細
|
| 創立年月日不詳なれども里老の口碑の傳ふる処に依れば往古崇敬者等寄付して創設せるものにして其許詳細ならず。・・・・・・・・・・ |
| 503-0403 岐阜県海津市南濃町志津425番地 |
 |
|
海津市支部 657 |

|
|
熊野神社
|
詳細
|
| 文徳天皇の皇子惟喬親王糟ケ谷に熊野権現を御勧請後災禍にあい炎上す。承平2年池田氏池田山権現の段に再興奉齋す。この時既に村人池田山、天神山に天神明神を祀る。美濃国神明帳に池田郡従五位下天神明神の名を見る。猶古書は天永2年天満大自在天神を勧請白山権現社等宮数16社を数えると記す。後白河上皇は京都に新熊野・・・・・・・・・・ |
| 503-2406 岐阜県揖斐郡池田町宮地865番地の1 |
 |
|
揖斐郡支部 3048 |

|
|
大跡部神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、口碑によれば、武烈天皇の皇子大迹皇子、都を遁れ出させ給ひて此の地に行啓隠れ給ひしに多年ならずして崩御ましまし、其の神霊を十善神大権現と尊称し奉祀したりと云ふ。之を明治六年社寺取調の際大跡部神社と改称して村社となる。尚此の神社の裏一円を御輿山と称し、里伝によれば、山頂には大跡部皇子の・・・・・・・・・・ |
| 501-2605 岐阜県関市武芸川町跡部1703番地 |
 |
|
武儀支部 2592 |

|
|
黄金神社
|
詳細
|
| 慶長年間の創祀。当神社は飛騨國内鉱業開発祈念のため金山毘古神金山毘賣神を奉斎して慶長年間高山城内に祭祀し、寛永十八年飛騨國鉱業開発に功績顕著なる金森藩の功臣宮嶋平左ェ門主を同二十三年保住宗貞主を相殿に合祀す。文政年間当地馬場町に金銀吹分所を設置し、此の鎮守神として此処に遷座あり。明治十二年村社に列す・・・・・・・・・・ |
| 506-0837 岐阜県高山市堀端町108番地 |
 |
|
高山市支部 1726 |

|
|
塩見神社
|
詳細
|
| 創祀未詳。里伝に云ふ。往古伊勢神宮禰宜此の社を祭る。而して塩屋神といふ此神社は塩村の東北可児川の辺りにあり。二本木の福塚と云へり。後此の神社を今の地に遷し、祭る。其の年代不詳なれども、其の跡地今は耕地となり、僅かに小塚を残すのみ。又、社号たるや旧社地の処に冷鉱出るとあり、人民未だ知る者無し。此の神社・・・・・・・・・・ |
| 509-0251 岐阜県可児市塩497番地の1 |
 |
|
可児支部 619 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創立年月由緒不詳なれども記録の示す処に依ると寛文元年と認められる。寛文元年三月二十八日社殿改築。元禄元年、正徳元年六月二十五日、享保十九年十二月二十八日明治二十五年十月二十日、昭和十二年十月十五日二ヶ年継続事業の本殿以下主要建物の改築、境域拡張整備工事完了。昭和二十七年○月○日秋葉神社、津島神社を合・・・・・・・・・・ |
| 507-0814 岐阜県多治見市市之倉町11丁目59番地 |
 |
|
多治見支部 1924 |

|
|
大日女神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なるも、弘治二年、安江太郎八氏当社を再建す。然るところ、当時里人未だ稀少なるが為、社堂殆ど大破に及べり。夫れより数十年を経て、天和二年に至りて熊崎與六氏再三建立の思慮を企て、同年十月五日に再建立成就すと云ふ。その工事中地中より神鏡を掘り出し之を神体として奉祀せしものと後傳す。その後安政五年八・・・・・・・・・・ |
| 509-1222 岐阜県加茂郡白川町下佐見3995番地の1 |
 |
|
加茂郡支部 519 |

|
|
雨壷神社
|
詳細
|
| 昔当村小林部落に左近太郎右近太郎と云ふ兄弟がありまして、隣村多良村へ山を越えて茶の買い出しに参りました。その帰途一匹の大蛇が現れて「此処は牛馬の往来あり。その煩に堪へられぬから今須へ連れて行け」との御託宣に兄弟はそんな大きな身体ではと申しますとたちまち小さなとかげに姿を化へられましたので、お茶の袋の・・・・・・・・・・ |
| 503-1543 岐阜県不破郡関ケ原町今須3730番地の2 |
 |
|
不破郡支部 2529 |

|