
|
|
海戸神社
|
詳細
|
| 海戸神社は往昔より川合村字宮に鎮座したるに岩手領主竹中重門の崇敬厚く、氏子に請ふて岩手村へ遷座し、代々奉祀したるを、古屋住人は由緒に基づきて竹中氏に請ひ、大正二年十一月古屋の現位置へ遷座移宮したるものなり。・・・・・・・・・・ |
| 503-2503 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日川合3923番地の1 |
 |
|
揖斐郡支部 3101 |

|
|
高木神社
|
詳細
|
| 創立旧記伝来なく、方今其の詳細を知る能はず。然りと雖も二柱の神実を拝覧するに古材の神像にして千載の霜雪を経たる事全く確然たり。然るに今氏子の家に伝来所持する処の旧記に依りて見れば、天平十五年二月泰澄此地に来り自ら観世音の像を彫刻し、本地佛と称して社内に納め奉りし由。爾後年暦重積し、仏損害せしに村吏山・・・・・・・・・・ |
| 501-2113 岐阜県山県市高木114番地 |
 |
|
山県市支部 1751 |

|
|
伊富神社
|
詳細
|
| 社号の伊富は蓋し伊富部の略にて、祭神は伊富部氏の祖神、天之火明命なり。伊富部は美濃尾張に縁ある古姓なり。美濃明細記、百岐年に「安八郡牧邑一伊富社、同所富士社」とあり。又、新撰美濃誌に「牧村は馬ノ瀬の東にありて世安庄なり。伊富社村内にあり。富士権現(浅間神社)同地にあり。古城跡は村の南にありて、今田畠・・・・・・・・・・ |
| 503-0125 岐阜県安八郡安八町牧905番地 |
 |
|
安八郡支部 49 |

|
|
八剱神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、美濃明細記第二巻に曰く、当区玖利邑八剱美也八坂入彦皇子、八坂入媛之霊を祭る社也。同記第八上に曰く、崇神天皇の皇子八坂入彦皇子、日本書紀に曰く、景行天皇四年美濃泳宮喚八坂入彦皇子之女、八坂入媛云々。以茲按ずるに八坂入彦皇子可児郡久々利佳。と載せ、木曽路名所図絵、泳宮祭神八坂入彦命、八・・・・・・・・・・ |
| 509-0224 岐阜県可児市久々利1666番地 |
 |
|
可児支部 604 |

|
|
伊奴知神社
|
詳細
|
| 寛永十三年五月創祀。・・・・・・・・・・ |
| 509-1113 岐阜県加茂郡白川町三川2067番地の1 |
 |
|
加茂郡支部 512 |

|
|
石引神社
|
詳細
|
| 創建は不詳であるが、大垣領分村々明細記等によれば、御嶽蔵王権現の分霊を勧請したるものであり、まして寛永年中大垣城主松平越中守築城のとき、此の地から大石を引き出したるに依り石引神社と称したるものなり。・・・・・・・・・・ |
| 503-2213 岐阜県大垣市赤坂町字北之端3328番地の5 |
 |
|
大垣市支部 2089 |

|
|
玉取神社
|
詳細
|
| 創祀不詳なると雖も、永正年中大膳当鶉田郷に城主たりし時、社殿を寄付改築せられたりと云ふ。猶御神像二体は古色蒼然として一千年以上の古代の作と拝察せらる。・・・・・・・・・・ |
| 500-8288 岐阜県岐阜市中鶉5丁目108番地 |
 |
|
岐阜市支部 978 |

|
|
熊野神社
|
詳細
|
| 創立年月日不詳。奉納の古き棟札によれば文政十年六月十一日奉上葺熊野三所大権現神徳増長社頭不朽云々総代氏子大伊木村中とあり。次いで明治十二年八月一日神官後藤益江(現宮司の祖父に当たる)の時大伊木氏子中にて奉修復熊野三所神社鎮座守護賜修とありて御改造のあと見え、氏子の尊信極めて篤く、最近にては明治四十二・・・・・・・・・・ |
| 509-0111 岐阜県各務原市鵜沼字大伊木伊木山1494番地 |
 |
|
各務原市支部 827 |

|
|
三枝神社
|
詳細
|
| 創建年代不詳と雖も、日本紀、飛騨國沿革、行心塚、里説等に依れば、持統天皇朱鳥元年十月新羅沙門行心の奉斎せしものならん。里説に云ふ。がらんげ俗称(伽藍跡元禄水帳に除け地あり)の行心坊(被合併社)神明宮内宮と(改称前合併社)稲荷宮外宮とを伊勢両宮として奉斎せしものなりと(天保十三年八月宮野に於いて両宮祭・・・・・・・・・・ |
| 506-0041 岐阜県高山市下切町2326番地 |
 |
|
高山市支部 1686 |

|
|
森山神社
|
詳細
|
| 当社の創建年代は不詳である。社前の「横倉遺跡」に関連を持ち、社後の丸山・川上岳・白山と一直線にあるところから、考古学的にも、古代祭祀場の遺跡と考えられる。近年耕地整理により、石器・土器等が散逸し、再調査は困難となった。元禄検地には僅かに三畝十四歩の境内除地があった。元文六年以降の再建再営などの棟札・・・・・・・・・・ |
| 509-2502 岐阜県下呂市萩原町四美字森ケ洞3274番地 |
 |
|
益田支部 309 |

|