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三枝神社
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詳細
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| 創建年代不詳と雖も、日本紀、飛騨國沿革、行心塚、里説等に依れば、持統天皇朱鳥元年十月新羅沙門行心の奉斎せしものならん。里説に云ふ。がらんげ俗称(伽藍跡元禄水帳に除け地あり)の行心坊(被合併社)神明宮内宮と(改称前合併社)稲荷宮外宮とを伊勢両宮として奉斎せしものなりと(天保十三年八月宮野に於いて両宮祭・・・・・・・・・・ |
| 506-0041 岐阜県高山市下切町2326番地 |
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高山市支部 1686 |

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玉取神社
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詳細
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| 創祀不詳なると雖も、永正年中大膳当鶉田郷に城主たりし時、社殿を寄付改築せられたりと云ふ。猶御神像二体は古色蒼然として一千年以上の古代の作と拝察せらる。・・・・・・・・・・ |
| 500-8288 岐阜県岐阜市中鶉5丁目108番地 |
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岐阜市支部 978 |

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九所神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 501-6016 岐阜県羽島郡岐南町徳田6-127 |
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羽島支部 138 |

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南宮神社
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詳細
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| 創祀未詳。口碑に曰く、天正年間藤原朝臣只腰源之進なる人勧請すとなり。・・・・・・・・・・ |
| 509-0252 岐阜県可児市矢戸717番地 |
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可児支部 620 |

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畑繋神明神社
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詳細
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| 宝暦5年(1755)に薩摩藩によって完成された大榑川洗堰のために、柳津は逆にたびたび水害に悩まされるようになりました。出水時には水位の高くなった長良川から、濁流が支流の境川に逆流するようになったからです。そこでその水害を防ぐためにつくられたのが畑繋堤でした。この堤防の建設に尽力した酒井七左衛門の功績・・・・・・・・・・ |
| 501-6115 岐阜県岐阜市柳津町丸野2丁目171番地 |
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羽島支部 198 |

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八幡神社
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詳細
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| 往古大化新政の時代東は長良川、北は根尾川本流に大洪水ありし時根尾川下流の方県郡上尻毛村字「開き」の西側の川の柳木の根本に木造の御神体が漂着されているのを某氏が見て大いに驚き日吉神社総代に連絡区民一同協議の上西側高座に鎮座申し上げ其の名を「小宮様」と命名申し上げた。其の後神社を八幡神社と改名せしが総代・・・・・・・・・・ |
| 501-1150 岐阜県岐阜市上尻毛開キ235番地 |
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岐阜市支部 1082 |

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朝日白山神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、永正三年創祀か。元八幡神社。明治四十四年九月四日合祀。例祭日九月四日。・・・・・・・・・・ |
| 509-3326 岐阜県高山市朝日町甲字東前平1781番地 |
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大野支部 2197 |

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御鍬神社
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詳細
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| 此の社は元松山村下組の氏神なりしも、村社諏訪神社創立に伴ひ小社として崇敬し来りしものと云ふ。依って考ふれば諏訪神社が小社たりし当時より存立せしことは確実なり。文化九年の燈明、天保六年の燈明あり。拝殿改築に文政二年と記せり。社殿内には延享三年、天保十四年、寛政三年の棟札あり。又山神神社も正徳二年以来の・・・・・・・・・・ |
| 503-0535 岐阜県海津市南濃町松山字松ケ平1902番地の1 |
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海津市支部 690 |

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諏訪神社
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詳細
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| 創立年暦不詳。明徳二年七月二十七日再建。大永元年十一月再建。明治六年村社に列す。・・・・・・・・・・ |
| 507-0065 岐阜県多治見市根本町10丁目173番地 |
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多治見支部 1919 |

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雷公神社
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詳細
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| 創祀不詳。元禄十六年九月再興。古来村社と称す。美濃國神名帳従五位下火雷明神茂毛久禰日不破郡大滝村雷神社雷除霊験あり。里伝曰く鳴神神社とす。山口登家年代諸用録に依り櫻神社の記録を付記す。御所御付書付。天安元年惟高親王、王城去江州君ヶ畑に御幸成らせ給ふ。付添給ふ雲客所々に散在成らせます。其の内七人の輩美・・・・・・・・・・ |
| 503-2101 岐阜県不破郡垂井町大滝662番地 |
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不破郡支部 2541 |

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