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太部古天神社
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詳細
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| 美濃国加茂郡川邊村字天神ニ鎮座マシマス古天神ノ儀、延喜式神名記ニ美濃国加茂郡太部神社トアルハ即チ此ノ神社ナリト里老ノ口碑ニ申シ傳ヘ候。境内ニ井戸アリ之ヲ太部井ト申シ、氏神ノ東北ノ字ヲ多保太ト称ヘ、左右ノ字ヲ天神西、天神東ト申シ、西北ノ字ヲ太北ト言ヒ、南ノ字ヲ太久古ト呼ヒ、神社境内ノ四方ノ字ハ何レモ天・・・・・・・・・・ |
| 509-0304 岐阜県加茂郡川辺町中川辺字天神1番地の1 |
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加茂郡支部 431 |

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水無神社
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詳細
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| 創祀未詳、慶長年間に木曽三岳村から移住してきた付知三尾氏の祖が、その村に祀られていた水無神社(飛騨國一の宮水無神社の分霊)を勧請したと伝承されている。
寛文6(1666)年再興の旧記あり。
貞享元(1684)年9月25日、倉屋神社で始まった式三番叟「翁舞」の奉納に加わって、若宮八幡神社・子安神社・・・・・・・・・・ |
| 508-0351 岐阜県中津川市付知町字曽利免3875番地 |
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中津川市支部 2249 |

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太元神社
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詳細
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| 奥宮創立年月不詳。而して当地に分社創建万治二年九月二十九日とあり、爰に延宝七年十一月当社再建の棟札に依って考えるに、本宮所在の地や高山にして、且つ里を去ること十町有余なり。故に村民計り以て当地に分社せしゆえなり。・・・・・・・・・・ |
| 509-0213 岐阜県可児市瀬田1150番地の1 |
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可児支部 593 |

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八幡神社
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詳細
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| 当神社の御祭神は、応神天皇・秋葉大神・菅原道真を奉斎する。創立は不詳。当社は、本荘多羅野八幡宮と言い中仙道の宿間で旅人往来の休憩所であって、「多羅利餅」という稲餅が売られていた。多羅野藤と共に当時は中仙道名物であったが、交通道路網が他に出来て次第に人の往来希薄となり盗賊に荒らされて一時は「多羅野盗宮・・・・・・・・・・ |
| 500-8323 岐阜県岐阜市鹿島町8丁目25・26番地 |
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岐阜市支部 989 |

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若一王子神社
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詳細
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| 当社は寛永十九年八月山城國東山黒谷鎮座の神を勧請し小社を建て祭祀すと傳へらる。・・・・・・・・・・ |
| 507-0801 岐阜県多治見市東町3丁目15番地 |
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多治見支部 1922 |

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水神神社
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詳細
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| 元禄年間鎮座の記録あり。この年間に大洪水がおこり、住民が社殿に縄をかけ、川下に引くが、現在地に至る時に社殿動かず、里人神意なりと受け此の地を社地と成す。大洪水にもかかわらず社殿敷地には害なく、水神として徳高しと崇敬を集める。・・・・・・・・・・ |
| 509-7321 岐阜県中津川市阿木7834番地 |
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中津川市支部 2217 |

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撞玉神社
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詳細
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| 創祀未詳。里説に曰く、往古此の地開墾のはじめ、民家五戸なり。その頃風儀として家毎に産土神を勧請す。中古益々栄えて民家多く連なりし故に、村内集まり議りて処々の小社を字上の平の神明宮の本殿に合祀せると云い伝えたり。後五社の神社と崇敬す。後年々祭祀礼典一組の産土神と尊敬す。当社は元五社神社と称せしが、明治・・・・・・・・・・ |
| 506-1202 岐阜県飛騨市神岡町中山441番地 |
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吉城郡支部 1255 |

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神明神社
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詳細
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| 御祭神天照皇大神は古来より伊勢神宮に奉祀され八百萬神の御徳を統へ顕わし給い、皇室の御祖先神と崇め奉り大和民族の生命の祖神である。五穀豊穣村民安全守護のため当浄地に御分霊を勧請申し上げ創立されたが、年代は不詳である。寛政6甲寅年(西暦1794)に拝殿が御造営され大正8年に大鳥居、幣殿等の大造営が竣工し・・・・・・・・・・ |
| 501-0111 岐阜県岐阜市鏡島西1丁目5番37号 |
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岐阜市支部 1055 |

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伊太祁曽神社
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詳細
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| 創祀未詳。里伝に乗鞍大神を奉請すと云ふ。寛延十一年本殿改築す。明治四十四年一月、同区字宮ノ前、字谷、字洞、久三伊太祁曽神社を合併す。同年同月同区字コセ鎮座塞神神社、同字コセ鎮座疱瘡神社を合併す。・・・・・・・・・・ |
| 506-2256 岐阜県高山市丹生川町日面字西ノ谷784番地の2 |
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大野支部 2164 |

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八雲神社
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詳細
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| 創祀未詳。里伝に曰く、享保又、元文の文字より、中御門天皇の御代又、徳川中期より疫病除けの神とし、祀りたる。旧号を天王と云へり。明治八年八雲神社と改称。・・・・・・・・・・ |
| 501-3936 岐阜県関市倉知字片町895番地の2 |
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関市支部 905 |

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