
|
|
天王山祖霊神社
|
詳細
|
| 天王山祖霊社は往古大矢田神社の別当たる天王山禅定寺が明治維新に神仏分離に依り、常泉坊極楽坊の二ヶ寺が廃寺となるに及び、明治三年正月三日下賜大教宣布の詔勅により、前期二ヶ寺の檀徒は神道に改宗し、明治二十六年天王山祖霊社を創建し、産土神建速須佐男命天若彦命を主神とし、氏子崇敬者の祖先の霊を奉斎し、神式を・・・・・・・・・・ |
| 501-3771 岐阜県美濃市大矢田2584番地の2 |
 |
|
美濃市支部 2478 |

|
|
広瀬神社
|
詳細
|
| 白鳳五年四月一日創祀。一、本社は創立当時は天照大神を祭れり。一、大同二年当地字金堀より現在の地に遷し奉れり。一、文永元年宇多源氏の末流廣瀬氏重(当地の領主当神社を崇敬し、其の祖宇多天皇、藤原温子、敦實親王、同妃の四柱を合祀し、五社大明神と称せり。一、文永三年六月十八日亀山天皇より正一位の神階北谷大神・・・・・・・・・・ |
| 501-0902 岐阜県揖斐郡揖斐川町坂内広瀬2803番地 |
 |
|
揖斐郡支部 3014 |

|
|
加茂神社
|
詳細
|
| 加茂神社は往古より小瀬ヶ洞地区の氏神として鎮座になっていた。然るに昭和二十四年電力開発に依る秋神ダムの湖底に水没した。現存する氏子民は復興を哀願し、崇敬者に広く訴えた。理解ある人々の協力を得、ここに悲願が叶えられるに至り小林利一は山林約二丁歩余を寄進した。新しい境内地に社殿が造営され、神社本庁に所属・・・・・・・・・・ |
| 509-3317 岐阜県高山市朝日町小瀬ヶ洞字向野尻732番地の40 |
 |
|
大野支部 2194 |

|
|
尾崎白山神社
|
詳細
|
| 当社の創建年代は不詳である。古代官道である飛騨支路の上留(上呂)駅から位山街道(飛騨匠の道)の入口迄の道筋に位置する。元来山岳崇拝による古社であったが、中世以降に白山信仰の影響を受けて現在に至っている。御祭神の伊邪那岐命、伊邪那美命、菊理姫命(白山比?大神)、大山津見命から由緒が伺える。古文書に寛・・・・・・・・・・ |
| 509-2508 岐阜県下呂市萩原町尾崎字中屋1194番地 |
 |
|
益田支部 316 |

|
|
湯葉神社
|
詳細
|
| 治承二年創祀。当社は人皇八十一代高倉天皇の御宇治承二年熊坂長範淡路國葦原ヶ嶽の麓岩屋大明神の神實を持来りて当地の烏帽子ヶ嶽(今熊坂宮ヶ平と云ふ)に奉祀す。時に神霊赫々として夜々光輝を放ち、長範を恐懼せしむ。長範愕々として之を怪しみ則ち神實を川上に投ず上人其の神實を拾い上げ字宮西(元字元宮と云ふ)に一・・・・・・・・・・ |
| 503-1637 岐阜県大垣市上石津町堂之上1210番地 |
 |
|
養老上石津支部 3259 |

|
|
白髭神社
|
詳細
|
| 創立年紀不詳。延喜式内社安八郡荒方神社の説あり。天保の頃迄社人今村氏奉祀。然るに此の家故あって今絶す。明治十二年六月村社に加列す。犀川開鑿の為移転を命ぜられ、昭和十三年七月五日移転を了す。文化二年濃陽村々明細記墨俣村の條に左の記録あり。一、白髭大明神 社二尺五寸二尺五寸 境内御除地。・・・・・・・・・・ |
| 503-0102 岐阜県大垣市墨俣町墨俣1735番地の1 |
 |
|
安八郡支部 3 |

|
|
村上神社
|
詳細
|
| 創立年月日不詳。当社元無格社たりしが、昭和八年六月二十三日村社に列格せんことを出願し、昭和九年八月九日村社に列す。・・・・・・・・・・ |
| 504-0046 岐阜県各務原市那加長塚町1丁目64番地 |
 |
|
各務原市支部 766 |

|
|
御崎神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、霊峰乗鞍岳の尾先に当たるため、古来その里宮として尾崎大明神、又は尾崎ガ森とも称し、郷内の大社にて、天正の始め塩屋秋貞この裏の山上に城郭を措く。上杉氏の目代として勇威三郡に振るひ、城下に八賀町を開き、この社頭を造営せしと云ふ。其の城郭の跡は現在当社の有なり。寛永七年八月御ラビ寛政九年・・・・・・・・・・ |
| 506-2123 岐阜県高山市丹生川町町方字原田平1495番地 |
 |
|
大野支部 2147 |

|
|
栗原神社
|
詳細
|
| 創立年代は不詳。清和天皇貞観9年10月神階従五位、延喜式式内当国八社の一。往古「白山権現」といったことがある。古老の口伝によると、往古当神社の東方「沖巾」と称する所に栗の木が繁栄した。その中の大木には良く実がついたので里人は神木として尊んだ。毎年5月24日には、里人等が集まり、木の実の豊作を祈りなが・・・・・・・・・・ |
| 506-1304 岐阜県高山市上宝町宮原350番地 |
 |
|
吉城郡支部 1271 |

|
|
阿賀多神社
|
詳細
|
| 祭神は仁徳天皇、創立は後土御門天皇御宇応仁2年8月5日社伝に曰く応仁2年の春京都に於いて仁和寺天竜寺失焚あり、この難を避けんとして一条兼良卿当地に来り、当時阿賀多庄郷士角藤大夫の好意により足を止むること数ヶ月に及びたり隅々河水氾濫し農地壊滅の危きに遇う此時尊き御神体漂着したるを大夫拾い上げ家内に安置・・・・・・・・・・ |
| 500-8344 岐阜県岐阜市南本荘一条通20番地 |
 |
|
岐阜市支部 992 |

|