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兒神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-6064 岐阜県羽島郡笠松町北及1100番地 |
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羽島支部 180 |

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瓜巣神社
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詳細
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| 509-4126 岐阜県高山市国府町瓜巣2927番地 |
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吉城郡支部 1309 |

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阿蘇神社
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詳細
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| 平氏の一族大橋氏が二十六代以前九州より移住の後農民の氏神として肥後の阿蘇宮より分祀したとの事で村民の崇敬厚く、境内も小熊町方一位で、社殿も神明造銅葺の本殿幣殿拝殿の外渡り廊社務所鳥居夜燈狛犬等の工作物も荘重に整備されている。旧西小熊村庄屋助九郎より代官蓮田荘次郎あての文書控の内に天保八年八月において・・・・・・・・・・ |
| 501-6274 岐阜県羽島市小熊町西小熊字中山12番地所1577番地の3 |
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羽島支部 265 |

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淤加美神社
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詳細
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| 享保二十一年沙門實想院阿闍梨法院卓眼時の名主某と善女龍王を勧請し、龍神宮と号す。その後改めて八大権現と称せしが、維新の際神仏混淆分離の朝旨により明治四年十月八日旧大垣縣へ奉願し、淤加美神社と改称す。・・・・・・・・・・ |
| 503-0918 岐阜県大垣市西崎町1丁目79番地 |
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大垣市支部 2020 |

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金峯神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、慶安二年三月二十八日再建の本願田中松右衛門、田中侍左右門、田中孫四郎、等記せし棟札あり。濃州志略に御嶽村山川の部に権現山即ち「蔵王権現」鎮座山甚不高、松檜蔭映る里老云々」と称せしが、神祠の部に蔵王権現祠「以前一村總社吉野より移す故此の地を御嶽と名くか。大光寺之を掌す」等記せり。明治・・・・・・・・・・ |
| 505-0116 岐阜県可児郡御嵩町御嵩1849番地 |
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可児支部 552 |

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諏訪神社
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詳細
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| 平清盛と源義朝とが戦った「平治の乱」(1159)で敗れた義朝は、わずかな共をつれて源氏の本拠である東国へ京都から吹雪の中を逃れようとした。途中、平氏のきびしい追手をさけ、美濃大垣の近くを流れる杭瀬川を船で下り、伊勢湾を横切り、尾張の国知多半島の野間に向かった。野間には同行の家臣、鎌田政家の婿にあたる・・・・・・・・・・ |
| 508-0101 岐阜県中津川市苗木字大久郷4179番地 |
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中津川市支部 2224 |

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鉄塔山神社
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詳細
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| 延長五年正順院伊能修験道を以て本坊を創立し、朱雀天皇天慶年中に本坊に将門降伏の勅願ありて鐵塔山の号を給ひ、霊験顕著なり。明治初年神仏分離の節神社として現今に及べり。本殿座敷の間には和宮降嫁及明治天皇遷都の砌御駐輦御一宿ありしを、昭和十五年一月十九日岐阜県指令十四兵第1724号を以て明治天皇聖蹟史蹟と・・・・・・・・・・ |
| 503-2124 岐阜県不破郡垂井町宮代1854番地 |
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不破郡支部 2572 |

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板山神社
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詳細
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| 正安三年当区藤田市左ェ門なるもの近江國より当社を勧請せりと伝ふ。爾来村民之を産土神と崇め、代々社殿を造営して今日に至れり。此の地を神底と呼べり。・・・・・・・・・・ |
| 501-3781 岐阜県美濃市片知1695番地の1 |
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美濃市支部 2485 |

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天神神社
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詳細
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| 当社の創立は詳かではないが、後鳥羽院の承久年中に、斎藤左ヱ門尉帯刀親頼が、美濃国目代に任ぜられ、美濃斎藤家の祖となるや一門の尊崇する菅神を、京都の北野本社より美濃の地15ヶ村に勧請したと伝えられ(斎藤家由来記)長良天神もその一社であります。寛正年中に、斎藤妙椿、利藤兄弟が社殿の御造営を奉仕し、それか・・・・・・・・・・ |
| 502-0081 岐阜県岐阜市長良天神1972番地の1 |
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公式HP  |
岐阜市支部 1183 |

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熊野神社
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詳細
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| 当社創立不詳なれど従来当町字黒瀬組戸数二百余戸の氏神でありました。明治六年郷村社御改称の節町内悉皆郷社大船神社の氏子に転じました。例祭は毎年四月十四日と定めました。・・・・・・・・・・ |
| 505-0301 岐阜県加茂郡八百津町八百津4102番地 |
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加茂郡支部 372 |

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