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熊野神社
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詳細
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| 当社創立不詳なれど従来当町字黒瀬組戸数二百余戸の氏神でありました。明治六年郷村社御改称の節町内悉皆郷社大船神社の氏子に転じました。例祭は毎年四月十四日と定めました。・・・・・・・・・・ |
| 505-0301 岐阜県加茂郡八百津町八百津4102番地 |
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加茂郡支部 372 |

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淤加美神社
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詳細
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| 享保二十一年沙門實想院阿闍梨法院卓眼時の名主某と善女龍王を勧請し、龍神宮と号す。その後改めて八大権現と称せしが、維新の際神仏混淆分離の朝旨により明治四年十月八日旧大垣縣へ奉願し、淤加美神社と改称す。・・・・・・・・・・ |
| 503-0918 岐阜県大垣市西崎町1丁目79番地 |
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大垣市支部 2020 |

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熊野八幡神社
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詳細
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| 昭和五十七年四月十九日神社本庁の承認を経て神置町熊野神社と八幡神社が合併して新法人を設立する。熊野神社は創立年月不詳なるも元間島村村社として崇敬された。八幡神社は創立年月日不詳なるも元成清村村社として崇敬され、成清村が分村して石田村に属し、明治維新後間島村と石田村が合併し、神置村となりしも間もなく東・・・・・・・・・・ |
| 504-0933 岐阜県各務原市神置町4丁目32番地 |
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各務原市支部 806 |

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七社神社
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詳細
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| 旧記伝来無く創立年月不詳然るに神実を拝覧するに七柱とも古材の神像にして千年以上を経たる事は確実なり。現今存在せる棟札には慶長四年六月造営又万治二年九月等の記載なり。氏子所持せる寛政四年の伝記を見ると、当國大桑城主土岐氏の崇拝篤く、社地並びに山林寄付の由其の後の御検地竿入れの時も除地と書記せり。大桑城・・・・・・・・・・ |
| 501-2135 岐阜県山県市長滝163番地 |
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山県市支部 1780 |

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青木神社
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詳細
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| 古老の口碑伝説に拠れば、建久年中青木武蔵守頼忠入道諡天満大僧正次州坂田群箕浦庄能登瀬色大兄山正一位青木大明神は北陸道七ヶ国笠領の鎮守の言なりしが、本願坊善性寺住職宝蔵の請願により御分身を下賜せられ、之を濃州之大野郡領家に勧請奉祀せられ、之が本社創建の始めなりと称せり。而も本社は明治維新前より二回も類・・・・・・・・・・ |
| 501-0556 岐阜県揖斐郡大野町領家438番地 |
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揖斐郡支部 2936 |

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白鬚神社
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詳細
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| 創祀不詳なれども徳川初代頃と推定され、伊勢猿田彦神社の御分霊を勧請して鎮護の神となしたると伝ふ。・・・・・・・・・・ |
| 501-6035 岐阜県羽島郡笠松町円城寺字道西1459番地 |
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羽島支部 164 |

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小鷹神社
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詳細
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| 創祀未詳。由緒不明なれど、明治四十四年六月二十三日字川島無格社山神神社を合祀す。例祭日八月二十九日。・・・・・・・・・・ |
| 509-3315 岐阜県高山市朝日町宮之前字森下247番地 |
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大野支部 2193 |

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鉄塔山神社
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詳細
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| 延長五年正順院伊能修験道を以て本坊を創立し、朱雀天皇天慶年中に本坊に将門降伏の勅願ありて鐵塔山の号を給ひ、霊験顕著なり。明治初年神仏分離の節神社として現今に及べり。本殿座敷の間には和宮降嫁及明治天皇遷都の砌御駐輦御一宿ありしを、昭和十五年一月十九日岐阜県指令十四兵第1724号を以て明治天皇聖蹟史蹟と・・・・・・・・・・ |
| 503-2124 岐阜県不破郡垂井町宮代1854番地 |
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不破郡支部 2572 |

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八幡神社
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詳細
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| 元和六年創建。大ヶ洞里民今井次良左ェ門忠親の勧請する所なり。同氏は木曽義仲の臣今井兼平長子対馬守貞信の末孫なり。木曽家滅亡の後に貞信宮田村に来住し十代信家三木右京進に仕ふ。天正中十八代信孟に至り、三木家没落して民間に下る。依って竹ノ上に移住し、相続て二十三代忠親に至る。乃ち祖先兼平貞信の守神と崇むる・・・・・・・・・・ |
| 509-2519 岐阜県下呂市萩原町奥田洞86番地 |
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益田支部 322 |

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藤上神社
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詳細
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| 寛文五年十一月創祀。その他由緒記載なし。・・・・・・・・・・ |
| 509-7321 岐阜県中津川市阿木字松本545番地の1 |
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中津川市支部 2265 |

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