
|
|
天神神社
|
詳細
|
| 当社の創立は詳かではないが、後鳥羽院の承久年中に、斎藤左ヱ門尉帯刀親頼が、美濃国目代に任ぜられ、美濃斎藤家の祖となるや一門の尊崇する菅神を、京都の北野本社より美濃の地15ヶ村に勧請したと伝えられ(斎藤家由来記)長良天神もその一社であります。寛正年中に、斎藤妙椿、利藤兄弟が社殿の御造営を奉仕し、それか・・・・・・・・・・ |
| 502-0081 岐阜県岐阜市長良天神1972番地の1 |
 |
公式HP  |
岐阜市支部 1183 |

|
|
津島神社
|
詳細
|
| 創建年月日不詳。明治四十二年九月中字飛騨郷無格社飛騨柳神社(天照大御神)を合併し、大正三年二月二十日境内社神明神社、同天満宮神社、同御鍬神社、同斎宮神社、及字浦畑無格社神明神社、同字天狗堂無格社神明神社、堂字北屋敷無格社諏訪神社を合併す。昭和幡年自由一月四日。同村古楊字中屋敷無格社御園神社(曽富現神・・・・・・・・・・ |
| 501-0322 岐阜県瑞穂市古橋字北屋敷916番地 |
 |
|
本巣郡支部 2726 |

|
|
百合若神社
|
詳細
|
| 古老の口碑に当村住人の大鍬彦造と申す者、或る夜夢に字炭竃と申す所に百合若の神霊有るの由夢想し依って其処に至り、土中を堀りしに一寸四分の神体あり。是百合若神なるべしと夫れより深く信仰し居りし処、その後右彦造なるもの一族死絶へ天正年中より村内農森九郎右ェ門と申者宮守を致し、一村中の産土神と尊敬せしに承応・・・・・・・・・・ |
| 501-4235 岐阜県郡上市八幡町有坂字炭竃177番地 |
 |
|
郡上市支部 1420 |

|
|
取矢神社
|
詳細
|
| 当社創立年月日は不詳なれども古老の口碑及社家加藤家の文書に依れば、大桑城主土岐頼芸公当社を崇敬せりと伝へ土岐落城史に取矢大権現の事が記載されて居り、社家加藤正太夫藤原興三右衛門尉が天文年間より十五社大権現及取矢大権現に奉仕した事があれば、天文年中か又はそれ以前の創建なるべし。・・・・・・・・・・ |
| 501-2101 岐阜県山県市大桑4719番地の2 |
 |
|
山県市支部 1732 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創立年月は不詳なるも奥村家蒼祖の建立にして、文化三年以来氏子の総意により、社殿の改築をなし、殊に境内には近郷希に見る老樹ありて、神域の尊厳を保ち崇敬厚し。・・・・・・・・・・ |
| 501-6121 岐阜県岐阜市柳津町上佐波1丁目41番地 |
 |
|
羽島支部 195 |

|
|
白鬚神社
|
詳細
|
| 里傳曰く、美濃神名記に各務郡(二十二座の内)従五位下長山明神とあり。明治七年各務郡神社明細帳第一大区十六小区白髭神社とあり何れも当神社の事にて、芥見郷神社中最も古くより奉祭怠りなきことが窺われる。・・・・・・・・・・ |
| 501-3132 岐阜県岐阜市芥見長山1丁目152番地 |
 |
|
岐阜市支部 1151 |

|
|
市杵島神社
|
詳細
|
| 一、古文書棟札等は明治初年野村藩へ引き渡しにより現存せず。二、口碑伝説、創設年月日不詳と之有。古老の口碑伝説によれば、源平両氏の大合戦の際近江源氏の一族にして丹波守左衛門尉源信政たる武士戦争に大敗の結果一族郎党一味諸処に落ち延び離散せり。その際丹波の守信政は美濃赤坂宿に一時仮寓せしも、平家の勢力最も・・・・・・・・・・ |
| 501-0555 岐阜県揖斐郡大野町公郷887-1・888・889-1 |
 |
|
揖斐郡支部 2934 |

|
|
南宮神社
|
詳細
|
| 里伝に、本郡水成山村南宮神社に美濃国不破郡中山に遷御の時泊宿の遺跡に創立したと云ふ。採鉱冶金鋳造など金山を主宰する霊神にましまして拓福開運の神、又盗除厄除の神、更に武徳の神として神徳高き金山彦命を奉斎し、古今朝野の崇敬極めて篤い。棟札によれば、天正三年年十一月社殿を再建。其れ以前は未詳。当社の所在地・・・・・・・・・・ |
| 501-3203 岐阜県関市神野265番地の3 |
 |
|
関市支部 845 |

|
|
冬頭神社
|
詳細
|
| 創祀未詳。明治三十六年八月諏訪神社に村社貴布禰神社合祀冬頭神社と改む。・・・・・・・・・・ |
| 506-0001 岐阜県高山市冬頭町1670番地の1 |
 |
|
高山市支部 1675 |

|
|
石亀神社
|
詳細
|
| 創祀未詳。由緒記載なし。・・・・・・・・・・ |
| 509-7504 岐阜県恵那市上矢作町(小笹原)字ヤゲ353番地 |
 |
|
恵那市支部 1608 |

|