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八幡神社
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詳細
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| 元和六年創建。大ヶ洞里民今井次良左ェ門忠親の勧請する所なり。同氏は木曽義仲の臣今井兼平長子対馬守貞信の末孫なり。木曽家滅亡の後に貞信宮田村に来住し十代信家三木右京進に仕ふ。天正中十八代信孟に至り、三木家没落して民間に下る。依って竹ノ上に移住し、相続て二十三代忠親に至る。乃ち祖先兼平貞信の守神と崇むる・・・・・・・・・・ |
| 509-2519 岐阜県下呂市萩原町奥田洞86番地 |
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益田支部 322 |

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蘆原神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、「神社明細帳」によれば当大村組は上野中野下野の三組に分かれ、この里を下野と云ふ昔時広闊の原野なり。漸々開墾して該地に至る。其の初め此の大神を勧請して墾田の功を竟へたり。故を以て村民等深く之を崇敬す。当社元中洞神社と称せしが、明治四十一年九月九日蘆原神社と改称す。・・・・・・・・・・ |
| 509-4261 岐阜県飛騨市古川町下野1290番地 |
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吉城郡支部 1323 |

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八幡神社
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詳細
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| 天慶五年九月創祀。朱雀天皇天慶五年九月創建にして栗原氏の崇敬厚し。境内に天然記念物の「いちいかし」樹ありて約七百年の樹齢なり。
当社の有する栗原は、4世紀頃から 柴原勝の姓を名乗る一族が支配していました。781年に栗原連を許されて右京にあって朝廷に仕へ以後この地に住み生活をしていました。その栗・・・・・・・・・・ |
| 503-2123 岐阜県不破郡垂井町栗原1868番地 |
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不破郡支部 2568 |

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菅野神社
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詳細
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| 創祀不詳。美濃明細記に曰く、境内三反余旧大垣藩より除地。祭日四月十七日築、池尻、青木、笠縫、中川、興福地、河間、中野、曽根、北方、加納、中沢、領家、右中川庄十三村惣社也。旧来当社にありし鰐口土岐石馬亮康政応永十三年六月三日寄進とあり、相伝の南都春日遷座歟興福寺より此の地に移し建立す。故に村各となる。・・・・・・・・・・ |
| 503-2203 岐阜県大垣市興福地町4丁目664番地の1 |
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大垣市支部 2076 |

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上矢作神社
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詳細
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| 藤原高光公当国高賀山中に妖魔退治の為、下向の節、或夜霊夢に福部山嶽へ降臨の神々宜しく砥石川原の辺に白羽の社あり。其処に矢を作り来れば妖魔忽ち退治すべしとの御告げありければ、山崎○の頭森盛に汝尋ね来るべしと命じ給ひしかば、森盛砥石川原を守れば果たして砥石川原の辺りに九社ありて白き鳥の羽と箭あり。直ちに・・・・・・・・・・ |
| 501-2814 岐阜県関市洞戸菅谷字宮ケ洞1386番地 |
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武儀支部 2612 |

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神明神社
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詳細
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| 慶安二年四月二十一日氏子中勧請鎮座。大正十三年八月廿日谷村須衛字丁田無格社南宮神社同大字字井坂無格社津島神社同大字字井坂無格社白山神社を当社に合併す。・・・・・・・・・・ |
| 509-0108 岐阜県各務原市須衛町5丁目83番地 |
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各務原市支部 825 |

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雷公神社
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詳細
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| 創建年月不詳。大正四年十二月一日アガケ無格社山神神社を合併す。古来村社なり。・・・・・・・・・・ |
| 501-2303 岐阜県山県市片原747番地 |
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山県市支部 1807 |

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神明神社
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詳細
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| 子野の産土神にして、万治元年(1658)建立の記録が「中川日記」にあるが、?保元年(1741)9月再建の棟札が現存する。思うに中仙道の街道沿いの集落として、子野が開かれた頃に建立されたと思われる。
境内には、末社として山神神社、水神神じゃ、猿田彦様が祭られており、水神神じゃの前には古井戸も残ってい・・・・・・・・・・ |
| 508-0001 岐阜県中津川市中津川字子野950番地 |
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中津川市支部 2216 |

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白山神社
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詳細
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| 創祀不詳。慶応四年二月十五日白山妙理大権現本社一宇再建し奉る。明治二十四年九月二十六日震災に付き全倒す。明治二十六年二月氏子中寄付金を以て再建。神主後藤益江・・・・・・・・・・ |
| 509-0132 岐阜県各務原市鵜沼西町2丁目193番地 |
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各務原市支部 831 |

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旦之越神社
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詳細
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| 祭神は素盞鳴尊、倉稲魂命。社名の「旦」とは川岸の徴高地であり、ここを降り楡川(にれかわ)を越えて清村の地にお迎えした神社である。創立年月日は定かでないが、西暦1504年頃本荘神社から御分霊を勧請、現在の地に一宇を建立し五穀豊穣と村内安全の守護神として祭祀した。当時の境内地は29坪であった。以来約35・・・・・・・・・・ |
| 500-8351 岐阜県岐阜市清本町7丁目27番地 |
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岐阜市支部 994 |

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