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冨士神社
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詳細
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| 養老元年正月駿河國冨士郡浅間神を勧請す。(天之水分神・國之水分神)は創立不詳明治四十一年九月七日無格社字足谷鎮座を合祀。(白山比□羊神)は天正十三年八月二日創祀。字奥山口に鎮座明治四十一年九月七日合祀。・・・・・・・・・・ |
| 501-3601 岐阜県関市上之保字栃ケ平6099番地 |
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武儀支部 2665 |

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金刀比羅神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-6035 岐阜県羽島郡笠松町円城寺字金刀比羅前234番地 |
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羽島支部 166 |

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津嶋神社
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詳細
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| 元禄十三年庚辰年六月十三日。霊夢により尾張の國海部郡津島より津嶋神社を勧請せし由棟札にあり。裏面に六十願主渡邊弥助とあり、古来より現存す。明治三十二年二月拝殿として縦五間半横三間半のものを新築せり。大正四年三月祝詞殿縦三間横二間を改築せり。昭和八年四月本殿及び鳥居を新築した。・・・・・・・・・・ |
| 501-3922 岐阜県関市大杉664番地の1 |
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関市支部 893 |

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加納天満宮
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詳細
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| 文安2年(1445)、斎藤利永が加納の東南沓井城(旧加納城)を築き、その守護神として天満宮を勧請した。記録によれば創始は更に古く、それより100余年以前からすでに吉田郷(広江川の北方、上加納の地)に祭祀せられていたという。その後、城主斎藤利政(道三)が稲葉山城に移り沓井城は廃城となったが、天満宮は住・・・・・・・・・・ |
| 500-8473 岐阜県岐阜市加納天神町4丁目1番地 |
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岐阜市支部 1014 |

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神明神社
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詳細
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| 創立年月日は不詳なれども、徳川中期之頃天祖天照大神の御神徳を崇敬して郷土鎮護の神として奉鎮せるが創祀ならん。・・・・・・・・・・ |
| 501-6065 岐阜県羽島郡笠松町門間字東出640番地 |
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羽島支部 182 |

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八幡神社
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詳細
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| 御祭神応神天皇は武運長久、家内安全、五穀豊穣の神として氏子の崇敬篤く永年に亘り讃仰しきたれり、殊に氏子の住む北柿ヶ瀬及び南柿ヶ瀬の治水不備の往時、現長良川の古川と戸羽川及び板屋川の合流点に在りて洪水或は堤防の欠壊等に困る水害を繰り返す所謂水害の常襲地帯のため農耕、水難鎮護の神とし崇敬し来たり、氏子の・・・・・・・・・・ |
| 501-1133 岐阜県岐阜市北柿ケ瀬144番地の1 |
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岐阜市支部 1073 |

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白山神社
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詳細
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| 創立年度不詳と雖も古来村社と称す。従来若宮地字定廣502番地に鎮座の処、明治四十四年十二月二十八日許可を受け、明治四十五年一月十四日白山神社境内及び北野神社境内を廃し八幡神社へ合併し、而して本神社へ無格社八幡神社北野神社及津島神社の祭神を全部合祀せり。・・・・・・・・・・ |
| 501-6005 岐阜県羽島郡岐南町若宮地338番地の1・3 |
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羽島支部 130 |

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白山神社
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詳細
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| 後醍醐帝の御宇元歴庚申年播磨国沖城主正三位播磨小粥赤松国長公嫡男判官二郎赤松則村公護良親王と倶に比叡山に入り剃髪して赤松 心と号し永弘元未年二月大塔宮の令 を賜り摂津摩耶城に移住し林丹波守をして濃州大野郡松山村に居住せしめたられ 村水洗の峯に白山大権現を勧請奉祀せられしを以て現今水洗に宮の跡存在せり・・・・・・・・・・ |
| 501-0562 岐阜県揖斐郡大野町松山小字松山117番地 |
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揖斐郡支部 2943 |

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八幡神社
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詳細
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| 八幡神社は武芸川町八幡、神の洞に鎮座ましまし、祭神は応仁天皇を祀り、その神域の幽玄にして森厳なるは世間のあまねく知るところである。創建は養老元年(717)で泰澄大師が当地を巡錫の折りにふと大碓命の伝説を聞き「みこと」を祀り八幡神社としていつき奉ったのが発祥である。その後宇多天皇はこの地へ御幸されてこ・・・・・・・・・・ |
| 501-2603 岐阜県関市武芸川町八幡1712番地 |
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武儀支部 2586 |

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美峰稲荷神社
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詳細
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| 貞享三年三月岐阜町大災害ありし後市中鎮護の為奉祀する処にして爾後名古屋藩出張岐阜役所より旧修験安乗院をして奉祀せしめしに維新の際神佛区別判然すべきを所轄定まらず、祭祀廃絶して社頭頽廃に及ぶを以て明治八年二月許可を得て再興す。末社秋葉神社。明和年中旧名古屋藩出張、岐阜局長大道寺孫作其の岐阜局所在地鎮護・・・・・・・・・・ |
| 500-8042 岐阜県岐阜市末広町114番地 |
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岐阜市支部 926 |

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