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津島神社
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詳細
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| 由緒不詳なるも、古老の説に依れば、元応二年長者平の長者なる糟川新五太夫藤原貞成は長国寺と共に此の神社を創立し、小倉明神と称えたるも、長者平の一族没落後大洪水にて流失したるより新たに津島神社を建立したりと云ふ。・・・・・・・・・・ |
| 503-2501 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日美束1852番地の1 |
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揖斐郡支部 3085 |

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伊豆神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、元禄検地除地帳伊豆権現宮此境内二畝四歩とあり。例祭日八月一日。・・・・・・・・・・ |
| 509-4115 岐阜県高山市国府町三日町1022番地 |
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吉城郡支部 1298 |

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白山神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-3305 岐阜県加茂郡富加町滝田91番地 |
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加茂郡支部 356 |

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神明神社
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詳細
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| 当区内に宇須米と云ふ小字あり。古来よりの名称にて檜老木を存し、往古宇受賣神社有りしと伝ふ。現在当社の御旅所なり。元禄検地帳には二畝廿九歩郷中抱神明宮地同じく四畝二十八歩除地と記載さる。弘化三年九月二十九日神明宮本殿一宇奉建す。明治四年一月大宮賣神を配祀す。明治二十五年十一月十二日神明宮本殿を再建す。・・・・・・・・・・ |
| 506-0103 岐阜県高山市清見町藤瀬字塚中609番地 |
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大野支部 2122 |

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八幡神社
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詳細
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| 応和二年創祀。村上天皇応和二年国主美濃権守多田満仲勧請なり。相続て美濃守頼光美濃守頼信当国主たるに依り、崇敬あり。永承六年伊予守頼義安部一族を征討の為発向の時当社に祈願あり。後承暦三年八月陸奥守義家此の地に至りて当社を拝す。又、応保元年三位頼政当郡市橋村庄乙津村(今称鏡島村)に来り住居す。同二年六月・・・・・・・・・・ |
| 502-0914 岐阜県岐阜市菅生3丁目5番2号 |
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岐阜市支部 1209 |

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荷機稲荷神社
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詳細
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| 延享元年(1774)ごろ連年凶作が続いたので村人達が村内安全、五穀豊穣祈願のため、この聖地に稲荷大明神を奉祀したところ次第に世の中は立ち直り、その後天明の大飢饉(1782)に際し京都伏見本社から御分神を勧請する議が起き村人6名が上洛し熱願懇望した結果、遂に文化元年(1804)3月御分社の神璽を戴き奉・・・・・・・・・・ |
| 509-6103 岐阜県瑞浪市稲津町小里560番地 |
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瑞浪市支部 1849 |

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水神神社
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詳細
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| 嘉吉元年、その頃此の里日照り甚だしく農民の苦痛は申すに及ばず、神仏に供へる阿伽の水さへも枯れ果て、人の命も危ふくなりし折から里人当地明建神社に祈りをかけ、門前市を為す。爾に神社の祢宜の娘に植生千代女あり。常に和歌の道をもてあそびしが、和歌を詠して神に祈る「御神仏に手向の阿伽も水月の神に祈りて久留栖野・・・・・・・・・・ |
| 501-4608 岐阜県郡上市大和町牧422番地 |
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郡上市支部 1507 |

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白山神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、寛文七年九月再建の棟札あり。此の地や久々利郷旧支村丸山村の中にあり。円山とも書けり。往古「景行天皇此の山に登りまして四方を望見まして「まろが山ぞ」と言挙げし給ひしより付ける名なりと云ひ伝へたり。天皇と申すは誤りなるべし。「まろが山」とし給はんには入彦命ならでは似つかはしからず。と千・・・・・・・・・・ |
| 509-0224 岐阜県可児市久々利1229番地 |
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可児支部 603 |

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熊野神社
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詳細
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| 創建年月日不詳。古来一村氏神とす。古文書及棟札等は往年火災に遭い加ふるに藪川筋堤防決壊に依り焼失或いは流失せしため、現存せざるも口碑伝説の古記録に依れば、鎌倉権五郎景政十三代の曾孫垂井城主長屋太郎右衛門景教の嫡男長屋大膳亮景興の嗣男長屋與五右衛門景直の二男長屋二郎丸景満の創建なり。祖父長屋大膳亮景興・・・・・・・・・・ |
| 501-0512 岐阜県揖斐郡大野町上秋字権現前176番地の1 |
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揖斐郡支部 2899 |

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篠ケ谷神社
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詳細
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| 当社の由緒は曩時当時瑞雲院の開基寂光なるもの常々伊邪那美命を崇信し、永正年中遂に同院境内に一宇を営み、茲に近江国犬上郡鎮座多賀神社即伊邪那美命神霊を奉迎し、以て其の崇祀をなしたりき、然るに久きの星霜を経て大破に及びしを歎き、安政2年中該院の住職梅洲有志の者と同心協力再建し、以て崇信連綿たりしに明治元・・・・・・・・・・ |
| 500-8111 岐阜県岐阜市梅林3番地 |
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岐阜市支部 933 |

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