白王神社 (はくおうじんじゃ)
通称     
主祭神  
      伊邪那岐命(いざなぎのみこと)
      伊邪那美命(いざなみのみこと)
      菊理姫命(くくりひめのみこと)
      応神天皇(おうじんてんのう)
      八王子神(はちおうじのかみ)
摂末社祭神     
      氏子出身靖国の神霊(うじこしゅっしんやすくにのしんれい)
地図 map
住所        
〒509-2507 岐阜県下呂市萩原町野上字成井1485番地
由緒由来  
当社の創建年代は不詳である。按ずるに、往古より社後の高峰仏ヶ尾山に対する、山岳崇拝による前宮として崇敬したのに因る。中世以降山岳崇拝による白山信仰に変わったものである。
応永年間、桜谷城主白井太郎俊國が疫病退散祈願のため、城の戌亥の方角に当たる当村に、八王子神社を創建し仏像を奉納した。
江戸時代に至り、万治二年熊崎与市・与助と高山町の熊崎与兵治の三人が神社を再建した。元禄検地に一反十二歩の境内除地とある。宝永八年二月、高山町加賀屋某が本殿を再建寄進して現在に至っている。寛保二年、伊勢外宮の檜垣神主の一行が、御鍬様を奉じて回村し、当神社において、五穀豊穣・万民和楽の祭典を執行した文献資料が残っている。延享二年に神社を再建し、天明八年には拝殿を新築した。
明治維新村社に列格し、明治四十一年、区内各村社・無格社等を合併合祀して「白王神社」と改称した。
大正九年、本殿を後方に移転して、幣殿の新築をしたところ、本殿の旧地より古鏡・経筒・短刀・土器等を出土した。これらを総て帝室博物館(館長森鴎外)に提出された。現在は所在不明である。昭和十五年に神庫を新築し、同十五年に本殿透塀を新築、同二十五年に熊崎礒吉が神輿を寄進して、翌年境外末社の浅水稲荷社までの神幸祭を始めた。同五十四年に現幣拝殿を新築し、翌年には宝物殿を造営した。
摂末社:浅水稲荷社(倉稲魂神)
祭礼情報  
4月第3日曜日