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八剱神社
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詳細
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| 創立原由未詳。往古より字神田と申す処に鎮座すと云ふ。本村は一旦中絶して荒野となる。此の年度も亦未詳。慶長年中(慶長十二年十月吉日八劔大明神を奉斎の棟札有り。)再び土地を開墾して人民移住す。之に依って右八劔大明神神社再興して今の地に遷座し、斎き祭る。追々氏子相増し、大野村寺前村の両村民之を氏神、産土神・・・・・・・・・・ |
| 509-1221 岐阜県加茂郡白川町上佐見335番地の1 |
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加茂郡支部 514 |

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縣神社
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詳細
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| 和知村役場社寺明細帳には郷人伝言に、加茂の郷は古賀茂縣主置れた事延喜式内神明帳に縣主神社之有は、開花天皇の王子彦御座王崇神天皇御代に加茂縣主に任命せられ、後其の子孫此の地を拓殖して縣主姓を帯びて代々世襲して此の地を治められ、後代土地開拓の神として崇拝勧請斎祀したるもの。縣神社鎮座の地は古来村上と称し・・・・・・・・・・ |
| 505-0306 岐阜県加茂郡八百津町上飯田625番地 |
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加茂郡支部 397 |

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剱神社
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詳細
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| 元劔神社の創立年月日不詳と雖も、養老二年大山白山神社創立の際、僧泰澄二十の太刀を納め、依って劔神社と称し、現今郷社白山神社前殿として、同三年更に本社を再建したること古老の口碑に伝へ、寛政年間より棟札に明らかなり。その後現今に至る年数八百余年間祭祀を営繕維持確立し来れり。而して明治四十年十二月二十七日・・・・・・・・・・ |
| 509-1108 岐阜県加茂郡白川町広野743番地 |
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加茂郡支部 508 |

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松尾神社
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詳細
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| 創祀未詳。異本武儀郡神名帳正五位下杉洞天神是なり。・・・・・・・・・・ |
| 509-0511 岐阜県加茂郡七宗町神渕15015.15016番地 |
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加茂郡支部 470 |

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津島神社
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詳細
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| 創祀未詳なりと雖も、正慶二年三月一日当村住安江與三郎政生、牛頭天王、白山大権現、熊野権現の三社を勧請し、創建せしなりと伝ふ。当時人口未だ少なく且つ世は戦国時代に入り、社殿一時衰頽に属せるも、文明元年に至り、再興。累次の営繕修築を重ね、今日に及ぶ。神域老樹鬱蒼として、幽麗を極め、御神徳いよいよ高く霊験・・・・・・・・・・ |
| 509-1221 岐阜県加茂郡白川町上佐見2544番地 |
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加茂郡支部 513 |

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白山神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-3305 岐阜県加茂郡富加町滝田91番地 |
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加茂郡支部 356 |

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白鬚神社
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詳細
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| 創祀不詳なるも、正徳年間より毎年八月九日に祭典執行し、昼夜煙火を打ち上げ、其の数多数にして主なるものは「昼」「玉火」「色もみじ」「櫻花」「手牡丹」「せきちく」「松風」「下柳」等にして、其の製造は何れも原料を購入して、氏子の連中にて制作し、打ち上げたる記録現存す。尚古老の口碑に依れば、氏子連中にて、神・・・・・・・・・・ |
| 505-0307 岐阜県加茂郡八百津町野上963番地 |
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加茂郡支部 402 |

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栃井神社
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詳細
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| 往昔、人皇第十二代景行天皇、久々利村泳宮を行在所として駐輦し給ひし頃木曽路を拓かせ給ひし折、太田宿より蜂屋の里を廻り山之上より榎木峠を越えて御通の途中、此処に御休みになったので、里人が記念に御宮を建てたのだと口碑に伝へてゐる。又境内の石碑槐雪樓暉盛子の碑文にも其の由来を見る。宝永三年九月十五日奉造営・・・・・・・・・・ |
| 509-0305 岐阜県加茂郡川辺町西栃井1226番地 |
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加茂郡支部 432 |

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稲荷神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-3305 岐阜県加茂郡富加町滝田字西山966.967.968番地の1 |
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加茂郡支部 355 |

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高蔵神社
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詳細
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| 創立未詳なるも、往古より此処に鎮座すと云ふ。慶長十七年棟札に「蔵王権現」と記し之有り。その後再建の節蔵王権現とも之有り。蔵王権現と唱ふ維新の際権現の称号を廃せらるるに依りて明治二年社号を改称して高藏神社と云ふ。従前氏神産土と崇敬に依りて村社と定め、同四年苗木藩へ願済にて神鏡を納めて神璽として奉斎す。・・・・・・・・・・ |
| 509-1222 岐阜県加茂郡白川町下佐見2993番地の1 |
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加茂郡支部 517 |

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