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八幡神社
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詳細
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| 享保十九年一月十五日創祀。八幡神社は15世紀の中頃池田浄連右馬次郎なるもの草深上連馬に池田城を築き居を構えた。時あたかも戦国騒乱の時代であり武運長久を祈るため豊前国宇佐八幡宮に詣でその分霊を現在の地に勧請したと伝えられる。故に大門より境内の建造物の配置、境内のたたずまい並に本殿背後のお手洗池は全く宇・・・・・・・・・・ |
| 503-2418 岐阜県揖斐郡池田町草深448番地 |
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揖斐郡支部 3063 |

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八幡神社
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詳細
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| 往古当村を泉江荘と称し延久四年九月五日太政官牒により石清水八幡の庄園となるや荘内に其御分霊を祀りしものにして大門内に左に皇后石 右に竹内礼拝石あり 是右は竹内宿禰公 左は神功皇后と称へ現在其一個を存す 古今女人を禁せり 且大門内四拾八間を神馬場と呼ふ昔神職も乗馬せし地とす 境内に以前神木として八尺三・・・・・・・・・・ |
| 503-2426 岐阜県揖斐郡池田町八幡字中野1410番地 |
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揖斐郡支部 3075 |

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諏訪神社
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詳細
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| 創建年月不詳なるも元禄年間の棟札あり。古来より二ヶ村(上野村瀬口、白樫村瀬口)立合の神社なり。元禄十五年八月の棟札に南無諏訪大明神御棟札権僧都大?驩@享和元年七月の棟札に摂州四天王寺聖徳太子御流藤原朝臣檜皮御大工。・・・・・・・・・・ |
| 501-0634 岐阜県揖斐郡揖斐川町上野624番地の1 |
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揖斐郡支部 2996 |

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雷公神社
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詳細
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| 天承元年夏大旱に当たり、皆無之有様故、除災祈願祭を執行に当たり、祭?~を官幣大社加茂別雷大神を分遷し、この地に祀る。・・・・・・・・・・ |
| 503-2502 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合字東開戸865番地の1 |
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揖斐郡支部 3095 |

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白鬚神社
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詳細
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| 明治二十四年部落の大半を烏有に帰したる大火の為書類等焼失して其の由緒詳かならずと雖も其の創立は遠く鎌倉時代と口伝に伝ふ。
文化財等、鎌倉おどり(県指定)・・・・・・・・・・ |
| 501-0702 岐阜県揖斐郡揖斐川町東津汲市抜番1171番地 |
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揖斐郡支部 3002 |

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神明神社
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詳細
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| 創建年月不詳なるも、本殿内棟札に宝暦八年勧請云々とあれば、宝暦八年十一月六日なりと思はれ、以来無格社とし、同村の氏神として崇敬し来る。・・・・・・・・・・ |
| 501-0622 岐阜県揖斐郡揖斐川町脛永字溝口933番地の1 |
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揖斐郡支部 2975 |

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八幡神社
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詳細
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| 寛平五年三月創祀。本村は石太郷の一部にして社傳には寛平五年創建とあり。美濃國神明帳内の従五位下石部明神は当社に該当すとの説あり。古来上磯有里本庄鹿野定松五之里南方麻生九ヶ村の総社なり。毎年旧正月十四、十五両日の神田祭には掛役員裃着用帯刀にて神前に罷出祭祀を執行せるものにて前日即ち十四日には探湯の神事・・・・・・・・・・ |
| 501-0531 岐阜県揖斐郡大野町上磯292番地 |
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揖斐郡支部 2912 |

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皇太神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0619 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪791番地の1 |
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揖斐郡支部 2966 |

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貴船神社
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詳細
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| 創建は徳川時代と口伝さる。和田村は流末なるため年々旱魃し五穀実らず剰さへ粕川の出水により耕地の流失等により村民の飢餓続出したるため水難除け用水給与の神として祀り村民の尊崇厚く毎年九月二十五日に祭典を挙行す。寛保四年二月の棟札に奉葺上貴布祢大明神二ノ宮長学院とあり。享保十八年十一月和田惣氏子中より奉納・・・・・・・・・・ |
| 501-0623 岐阜県揖斐郡揖斐川町和田536番地の1 |
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揖斐郡支部 2977 |

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神明神社
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詳細
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| 創建年月由緒等詳かならざるも、村内安全五穀豊穣祈願のため建立の里傳あり。古来より村社。明治四十二年二月二日岐阜県許可にて本村大字上野字段下1032番地に鎮座の衣裴倭左ェ門鎮守無格社神明神社を移転合併す。明治四十四年九月十三日岐阜県許可を以て大字小島字本郷江川南371番地に鎮座無格社津島神社及び字松ノ・・・・・・・・・・ |
| 501-0633 岐阜県揖斐郡揖斐川町小島字松ノ木220番地 |
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揖斐郡支部 2990 |

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