
|
|
金刀比羅神社
|
詳細
|
| 当社は旧領主岡田家の尊信の神社なるも、明治初年より三輪区の崇敬神社と改む。・・・・・・・・・・ |
| 501-0619 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪2525番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2971 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 寛平五年三月創祀。本村は石太郷の一部にして社傳には寛平五年創建とあり。美濃國神明帳内の従五位下石部明神は当社に該当すとの説あり。古来上磯有里本庄鹿野定松五之里南方麻生九ヶ村の総社なり。毎年旧正月十四、十五両日の神田祭には掛役員裃着用帯刀にて神前に罷出祭祀を執行せるものにて前日即ち十四日には探湯の神事・・・・・・・・・・ |
| 501-0531 岐阜県揖斐郡大野町上磯292番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2912 |

|
|
皇太神社
|
詳細
|
| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0619 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪791番地の1 |
 |
|
揖斐郡支部 2966 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 当社は今より約700年昔、土岐氏の一族本村に居住し、氏神として八幡大神を奉祀し、子孫繁栄、無病息災の守護神として崇拝し、殷賑を極む。其の後粕川の大氾濫等により開墾せし土地の為に境内など頽破し、本殿も亦大被害を蒙りたり。享保5庚子年3月社殿を修復す。時の領主大垣藩戸田家四代目藩主氏定公より祭資料奉献せ・・・・・・・・・・ |
| 503-2416 岐阜県揖斐郡池田町萩原123番地 |
 |
|
揖斐郡支部 3061 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 延元元年創祀。延元元年に創建せるものにして、天正年間稲葉塩塵公(一名稲葉刑部少輔通高)土岐成頼の妹を娶り小寺山城に居住す。塩塵公殊の外白山大権現を信仰し、其の子備中守右京亮通則亦小寺山城に居住し、白山大神を崇拝せり。慶安三年洪水の際大谷山抜け土地多く埋没し本社大破損をなす。数年後復興す。領主大垣藩時・・・・・・・・・・ |
| 503-2419 岐阜県揖斐郡池田町小寺830番地 |
 |
|
揖斐郡支部 3064 |

|
|
貴船神社
|
詳細
|
| 創建は徳川時代と口伝さる。和田村は流末なるため年々旱魃し五穀実らず剰さへ粕川の出水により耕地の流失等により村民の飢餓続出したるため水難除け用水給与の神として祀り村民の尊崇厚く毎年九月二十五日に祭典を挙行す。寛保四年二月の棟札に奉葺上貴布祢大明神二ノ宮長学院とあり。享保十八年十一月和田惣氏子中より奉納・・・・・・・・・・ |
| 501-0623 岐阜県揖斐郡揖斐川町和田536番地の1 |
 |
|
揖斐郡支部 2977 |

|
|
稲荷神社
|
詳細
|
| 創建年代縁由不詳なるも、古来書類に因る取り調ぶれば、後醍醐天皇の御代元弘二年土岐美濃守厚見郡川手に居城の際濃州多芸郡大塚村住人佐野八郎右衛門奉仕し美濃守山縣郡大桑城へ移城後伊予守と称し六代目御紋所桔梗佐野三勝まで六代目近習となり、紋所を壱本櫻を賜りたり。文明九年乱世と成り美濃守大野郡岐永村へ移住居城・・・・・・・・・・ |
| 501-1302 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲岐礼929番地の1 |
 |
|
揖斐郡支部 3019 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創建年月由緒等詳かならざるも、村内安全五穀豊穣祈願のため建立の里傳あり。古来より村社。明治四十二年二月二日岐阜県許可にて本村大字上野字段下1032番地に鎮座の衣裴倭左ェ門鎮守無格社神明神社を移転合併す。明治四十四年九月十三日岐阜県許可を以て大字小島字本郷江川南371番地に鎮座無格社津島神社及び字松ノ・・・・・・・・・・ |
| 501-0633 岐阜県揖斐郡揖斐川町小島字松ノ木220番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2990 |

|
|
白鬚神社
|
詳細
|
| 明治二十四年部落の大半を烏有に帰したる大火の為書類等焼失して其の由緒詳かならずと雖も其の創立は遠く鎌倉時代と口伝に伝ふ。
文化財等、鎌倉おどり(県指定)・・・・・・・・・・ |
| 501-0702 岐阜県揖斐郡揖斐川町東津汲市抜番1171番地 |
 |
|
揖斐郡支部 3002 |

|
|
春日神社
|
詳細
|
| 当社の創建由緒は書類散逸して詳かならずと雖も里伝に依れば往昔聖武帝の御宇天平年間の創建なり。・・・・・・・・・・ |
| 501-0707 岐阜県揖斐郡揖斐川町日坂1271番地 |
 |
|
揖斐郡支部 3008 |

|