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布賀利神社
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詳細
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| 慶長年間野村居城織田河内守長考同河内守長則(長考の子)造営とあり。応永の頃野村城放火落城せり。其頃より野村紅葉初生し、今に至る。其紅葉現存せり。明治元年野村藩主知事戸田淡路守氏良此地に藩を立て居住せられ、社殿拝殿華表に至るまで委皆新築し、野村藩社とし、毎年祭典の際は藩主より神饌幣帛等を供進し、神輿を・・・・・・・・・・ |
| 501-0512 岐阜県揖斐郡大野町上秋字乾屋敷1152番地 |
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揖斐郡支部 2897 |

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山神神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-2501 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日美束3088番地 |
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揖斐郡支部 3081 |

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八幡神社
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詳細
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| 古老傳曰く、往古本村は関東への道路にして、応徳二年源義家奥州征伐の時、本村の森に憩ふ時に一老媼あり。団子を献ず。義家之を喫し畢て佩くところの守りの神像を解き与ふ。彼老媼後義家の憩ひし森に彼の神像を奉祀す。此の森をすずの森と称ふ。即ち涼みの森の略称なり。今尚祭礼に村内団子を以て賓客に供するを主とす。俗・・・・・・・・・・ |
| 501-0532 岐阜県揖斐郡大野町下磯745番地 |
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揖斐郡支部 2914 |

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八幡神社
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詳細
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| 天正十七年御検地以前、両郷(衣斐村を言ふ。衣斐村は今島村大字大衣斐、小衣斐、領家、大野町相羽、麻生川合南方五の里の地域なり。)三分領大方あり睦霊場大隆寺(昔島村小衣斐にあり。天文十五年焼失)薬師島村領家にあり。建武三年創建等其の外諸神社焚天主(今川合村五之里の神社天神。小衣斐天満神社)須和南方諏訪神・・・・・・・・・・ |
| 501-0552 岐阜県揖斐郡大野町大衣斐96番地 |
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揖斐郡支部 2923 |

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諏訪神社
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詳細
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| 正安三年七月二十六日創祀。本社は正安三年七月二十六日河村宗内藤原秀治小法師信州諏訪明神の御分霊を勧請せし旨吉田御殿神社帳に見ゆ爾後御造営をなし武神の神として崇敬厚く安政二年社殿再建には十六両三分を要し遷宮祭には大いに殷賑を極む。幕末時代には領主青木公親しく参拝せられ幣帛を奉献せられ武運を祈願せらる。・・・・・・・・・・ |
| 501-0553 岐阜県揖斐郡大野町南方76番地 |
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揖斐郡支部 2925 |

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神明神社
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詳細
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| 創立は寛和年間とも云ひ伝へ、宏壮なる社殿神庫神楽殿等ありて、其の構造美観を呈し樹木鬱蒼たる近郷に名高き神社なりしが、仲恭天皇の御代承久の騒乱に逢ひ、境内の荒涼甚だしく工作物殆ど散逸せり。享禄三年六月社殿の裏山崩壊して砂礫押し流し、為に本殿は云うまでもなく、御神霊まで埋没せしを以て里人畏憂一方ならず。・・・・・・・・・・ |
| 501-0502 岐阜県揖斐郡大野町古川字中平795番地 |
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揖斐郡支部 2894 |

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若宮神社
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詳細
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| 正安三年九月上杉右京太夫家臣孝太夫当郷に住し、八幡大神を信仰し、社殿を創建し代々子孫宮守として奉仕すと京都吉田御所に記録ありと伝ふ。完成十年再造営。・・・・・・・・・・ |
| 501-0512 岐阜県揖斐郡大野町上秋926番地の1 |
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揖斐郡支部 2902 |

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白山神社
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詳細
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| 応永七年四月創祀。当村は往古現在の地よりも西にありしも享禄三年より天正四年に至る揖斐川流域変遷の為東に移り加納東組と称す。応永七年土岐氏の家臣白山大権現を勧請せし本社を同時に現在の位置に移転すと傳ふ。祭礼には知行西尾錦三郎公親拝せられ、其の式典荘厳を極む。明暦四年の棟札あり。昭和八年三月三十一日無格・・・・・・・・・・ |
| 501-0535 岐阜県揖斐郡大野町加納581番地 |
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揖斐郡支部 2918 |

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天神神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-2506 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日香六395番地 |
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揖斐郡支部 3105 |

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神明神社
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詳細
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| 昔江州佐和山の城主石だ治部少輔三成の弟石田左衛門尉藤原光堂、文禄三年江州横田村退去の後嫡子左衛門尉光次濃州大野郡野村郷内寺内と称する所に移住し、此の村鎮守の神明神社を村社として崇敬しいしが、その後慶安四年旧大垣藩より寺内村を戸田淡路守へ分地せしより領主代々尊信し、野村藩廃撤まで社殿営繕には常に藩庫の・・・・・・・・・・ |
| 501-0503 岐阜県揖斐郡大野町寺内字宮東962番地の1の1 |
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揖斐郡支部 2895 |

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