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八幡神社
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詳細
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| 当社は元大字西横山字宮下に鎮座せしが、境内狭隘参拝上不便なるため、現在の地に移転し、且つ境内地たる神社有地と元境内地とを交換せんことを出願し、昭和三年二月七日岐阜県の許可を得てしょうわ三年四月二十五日移転を了す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0805 岐阜県揖斐郡揖斐川町西横山397番地の4 |
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揖斐郡支部 3011 |

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天満宮神社
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詳細
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| 創立年月不詳なるも旧領主岡田家の陣屋内に鎮守として代々崇敬厚く、儉斎公の謹書奉額今尚存せり。明治維新後廃藩と共に此の地奉遷前島組の神社として尊信す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0619 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪2744番地の3 |
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揖斐郡支部 2984 |

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天王神社
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詳細
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| 天正十四年三月創祀。天正十四年の創建とあり。加納氏一族の守護神として祭祀し、訴訟の際は里人祈願するを例とす。明治十一年衣裴井水につき紛擾起こるや遂に訴訟沙汰となり、関係者一同其の勝訴を祈願せしに遂に大審院の判決に依り勝訴を得たり。依って神霊の顕著なるに畏服して崇敬の念を増大す。宝暦二年及び安政三年社・・・・・・・・・・ |
| 501-0554 岐阜県揖斐郡大野町五之里800番地の1の1 |
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揖斐郡支部 2926 |

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八幡神社
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詳細
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| 往古は千代河戸西北約五十間。今宮跡田と称する字千代河戸1324番地付近に鎮座。応永年間字中屋敷1424番古宮跡と称する処に移徒慶長初年現地に再び移徒。慶長初年西尾豊後守光教当城主となるや、当庄の惣社たる揖斐城鎮護神の荒廃せしを嘆き往古の大社を追懐し、新地を相し境内及神殿を寄せ、境内に七宅を建て社家花・・・・・・・・・・ |
| 501-0603 岐阜県揖斐郡揖斐川町上南方1399番地 |
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揖斐郡支部 2951 |

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白山神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-2502 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日六合字堂西1247番地 |
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揖斐郡支部 3096 |

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八幡神社
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詳細
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| 往古当村を泉江荘と称し延久四年九月五日太政官牒に依り石清水八幡の荘園となるや荘内に其御分霊を祀れるものにして七堂伽藍ありしを信長放火し終に焼失す 故に其跡に灰塚あり経二間高三尺ありて全鋲古瓦の残片を発掘せしことあり 或いは本社より一町東に西宮神ありしよし現今爰を字西宮神と云ふ 又大川先に古池あり昔よ・・・・・・・・・・ |
| 503-2426 岐阜県揖斐郡池田町八幡字中道1747番地 |
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揖斐郡支部 3072 |

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天神神社
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詳細
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| 創建年月日不詳。慶長元年再建と之有り。慶応元年元大野郡野村藩主知事戸田淡路守氏良崇敬の神社にて、年々祭礼には野村藩より知事代理として社寺課長大属今泉清随員兵卒を引連れ参拝あらせられけり。・・・・・・・・・・ |
| 501-0555 岐阜県揖斐郡大野町公郷3005番地の1 |
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揖斐郡支部 2930 |

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神明神社
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詳細
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| 当社は國帳内見在大野郡従五位下工所大明神に座す御事は明なり。大神の鎮り座すところの字を大工屋と称す。境内往古は樹木一枝を採れば小判三両に祟ると云ふ。鎌鋸を禁ずること幾百年境内二町五反有余歩の中大樹古木一丈八九尺に至るもの無数ありたり。然るに今を去る八十年前則二百二十日に当たる大暴風にて大木悉く吹倒し・・・・・・・・・・ |
| 503-2414 岐阜県揖斐郡池田町下東野21番地 |
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揖斐郡支部 3057 |

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神明神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0611 岐阜県揖斐郡揖斐川町小谷223番地 |
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揖斐郡支部 2958 |

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日吉神社
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詳細
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| 天正六年七月創祀。古文書棟札は往年大洪水の為流失し、現存せず。旧信州義村家系譜反旧記録に依れば、元応二年正二位青松播磨少弼國長播磨國沖に居住す。同年正月十五日後醍醐天皇に随従し、家名を赤松と改め武門となる。國長の嫡子赤松二郎判官則村は後醍醐天皇に仕ふ。然るに御若宮護良親王に従隋し沙門となり、比叡山に・・・・・・・・・・ |
| 501-0523 岐阜県揖斐郡大野町下方字上地1060番地 |
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揖斐郡支部 2909 |

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