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神明神社
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詳細
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| 本社は、寛政三年八月の暴風及び仝九年七月の旱天にて農作物殆ど皆無の為村民これを憂い寛政十一年九月伊勢より天照皇大神を奉齋せしものにして其当時は境内三反歩ありしも天保年間杭瀬川氾濫の為狭小に至りしものなり 幕末時代領主より役人を差遣はされ参拝せしめらる 毎年正月十五日筒粥祭の行事ありて今に至る 絶ゆ・・・・・・・・・・ |
| 503-2426 岐阜県揖斐郡池田町八幡字江渡前694番地 |
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揖斐郡支部 3074 |

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神明神社
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詳細
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| 宝亀六年九月創祀。本社創建は宝亀六年と云ひ傳へ、元来本村は平野庄に属し、元安八郡にして比叡山延暦寺領なり。然るに享禄三年より天正四年に至る揖斐川流域変遷の際本村河敷となりし為土地の大半を失ひ住民離散の厄に遭ひ人家は東端に立ち退き大野郡に属す。其の際本社を現位置に奉遷すと傳ふ。旧幕府時代大垣藩主戸田公・・・・・・・・・・ |
| 501-0533 岐阜県揖斐郡大野町本庄字村之内157番地 |
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揖斐郡支部 2916 |

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西郡神社
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詳細
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| 嘉応二年八月創祀。本社は人皇八十代高倉天皇の御宇嘉応二年八月従五位下栗戸太夫尉小川経元公江州宇津宮城より農州安八郡曽根城に移り続いて農州静導寺(即ち科村後志名村)に転居し、八幡大神を勧請創建したるものなり。土御門天皇の御宇元久二年八月領主西郷司田加宮公は西郡井水組合なる上野・島・長良・清水・福島・中・・・・・・・・・・ |
| 501-0562 岐阜県揖斐郡大野町松山小字志名130番地 |
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揖斐郡支部 2942 |

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八幡神社
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詳細
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| 創建年月日不詳。弘安の頃野村常陸介崇敬の神社なりと伝承せり。永享五年十一月三十日の奉改造本殿とあり、稲葉兵庫頭重道崇敬在らせられ、慶長六年野村城主織田河内守長孝同織田河内守長則御尊敬最も厚く、寛永九年岡部内膳正長森岡部美濃守宣勝、松平越中守定縄及戸田左門氏鉄御代々御崇敬最も深厚なり。正保十年四月大垣・・・・・・・・・・ |
| 501-0514 岐阜県揖斐郡大野町西方字村東507番地 |
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揖斐郡支部 2904 |

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八幡神社
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詳細
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| 玉越方中古記及渡辺儀右ェ門記録「天和二年房島村牛島宇都宮九郎治京都へ参り正八幡の御神体を請下河原と称する場所北の方に祝治す。四月二日遷宮其の日立会人は宇都宮方に饗応し云々牛島村惣社として勧請せり」とある(大和村誌)・・・・・・・・・・ |
| 501-0606 岐阜県揖斐郡揖斐川町房島1224番地 |
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揖斐郡支部 2956 |

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神明神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0618 岐阜県揖斐郡揖斐川町上之野277番地の1 |
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揖斐郡支部 2962 |

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八幡神社
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詳細
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| 明応四年土岐氏の一族当村に住し、八幡宮を勧請せしと傳ふ。武神の神社として村民の崇敬厚し。昭和四年八月七日無格社市杵神社(大字五之里字一色浦鎮座)無格社河間神社(大字五之里字三林鎮座)を本社境内に移転。・・・・・・・・・・ |
| 501-0554 岐阜県揖斐郡大野町五之里743番地 |
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揖斐郡支部 2928 |

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神明神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-2404 岐阜県揖斐郡池田町小牛字村前704番地の1の1 |
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揖斐郡支部 3046 |

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素盞雄神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 501-0613 岐阜県揖斐郡揖斐川町志津山596番地 |
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揖斐郡支部 2960 |

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金刀比羅神社
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詳細
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| 明治29年9月5日より降り続いた豪雨により河水氾濫し、遂に9月8日に堤防が決壊し、全町4日間に亘って浸水するの被害を受けるに至った。ここに於いて町内有志20余名が発起し、水害無難を祈願するため、象頭山金刀比羅大神を勧請せんと、明治29年12月25日社殿を新築し、明治30年1月元旦に之を鎮祭。以って栄・・・・・・・・・・ |
| 501-0619 岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪字下明神343番地の1 |
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揖斐郡支部 2972 |

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