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治水神社
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詳細
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昔この地方は木曽三川に囲まれ、木曽川より長良川揖斐川と、それぞれ1米余り川床の差があり低くなっていた。そのため土地の低い美濃側は絶えず水害を被り、徳川時代特に慶長から宝暦にかけては、毎年はん濫して治水工事の嘆願が続き、ついに幕府は宝暦3年西暦1753年12月25日、西国の雄薩摩藩にお手伝い方を命じた・・・・・・・・・・ |
503-0625 岐阜県海津市海津町油島無番地 |
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海津市支部 719 |

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春日神社
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詳細
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創立年紀由緒不詳なれども古来より氏神として地方民の崇敬あつし。・・・・・・・・・・ |
503-0413 岐阜県海津市南濃町羽沢字春日北333番地の1の1 |
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海津市支部 676 |

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白山神社
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詳細
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創立年月縁由不詳。古来村社。寛文八年当社再興の棟札を蔵す。・・・・・・・・・・ |
503-0401 岐阜県海津市南濃町津屋2299番地の1 |
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海津市支部 648 |

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神明神社
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詳細
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創立年月日不詳なれど本阿弥新田開発者佐野紹益が村民の為に慶安五年(承応元年)に神明社並に三十番神社を勧請して鎮守の神とした事が本阿弥新田史にあり。これが現今の村社である。・・・・・・・・・・ |
503-0633 岐阜県海津市海津町本阿弥新田字村内159番地 |
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海津市支部 729 |

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大将神社
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詳細
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創立不詳なれども、伝説に日本武尊が伊吹山にて毒蛇の気に中り病体となり、南下せらるる砌一泊して憩ひ更に南下して伊勢の能登野にて薨去せられたるを伝聞して後茲に尊を祀った者と云ふ古社なり。・・・・・・・・・・ |
503-0535 岐阜県海津市南濃町松山字辰ケ平1563番地の1 |
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海津市支部 688 |

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神明神社
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詳細
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創立不詳とあるも、明治十年頃の諸届(石津村役場保存)に依り発見したるに、明徳三年十月七日創立。明治五年六月村社に列すとあり。尚古老の伝説に昔原沖守といふ人此の土地にあり。崇敬せりといふ。今現に城趾といふ土地あり。明治四十三年十二月同村字円城寺(現字中島)に鎮座しありし無格社山神神社を合祀したる故二柱・・・・・・・・・・ |
503-0536 岐阜県海津市南濃町吉田字村上413番地 |
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海津市支部 692 |

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御靈神社
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当氏子部落はもと同地域松木部落の氏子区域として松木鎮座御霊神社の氏子であったが、大正十四年部落の談合により分離、分社を奉齋して独立、現在に至る。昭和47年に至り、神社維持管理並びに神徳昂揚を期するため、宗教法人設立の手続きを行ふ。・・・・・・・・・・ |
503-0606 岐阜県海津市海津町田中字江東499番地の1 |
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海津市支部 701 |

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八幡神社
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創立年月不詳なれど新撰美濃志に依れば五町村は河戸庄尾張御領とあり、其の枝郷一所見淵村あり。元和高帳に二淵とあるはここの事か。今に「ぶち」とは云はずして「みぶち」と呼べり。八幡神社は村内にありと記せるを見る。これに依りて元和年中に存在せる神社なるを知る古社なり。新撰美濃志は天保十四年直後の編纂なるが故・・・・・・・・・・ |
503-0645 岐阜県海津市海津町五町字五町106番地 |
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海津市支部 737 |

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神明神社
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勧請年月不詳。其の后延宝二年九月二十九日火災にて社殿棟札書類共々不残焼失に相成同年十二月十五日一村一同より寄進再建。大正十五年八月二十五日祭神二柱増加許可。然し神殿内笏に依ると本殿再興遷座が寛政二年九月十五日実施されて居る。・・・・・・・・・・ |
503-0304 岐阜県海津市平田町幡長49番地 |
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海津市支部 630 |

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春日神社
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詳細
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創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
503-0608 岐阜県海津市海津町鹿野124番地の1 |
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海津市支部 703 |

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