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諏訪神社
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詳細
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養老郡多芸村多芸、多岐神社御旅所なり。弘治永禄の頃までは毎年二季祭礼の節神輿渡御ありしといへり。今も該社例祭の日、多岐より奉幣あり。一説に当社は多岐神社の御旅所なれば阿須波神なるを、音の似たるより諏訪と誤れるものならんといへり。・・・・・・・・・・ |
503-1332 岐阜県養老郡養老町中60番地の1 |
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養老上石津支部 3186 |

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八幡神社
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詳細
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当社の御神体は極めて古き御木像と云ひ伝ふれば、古社なるを知るに足るも、由緒の詳細は明らかならず。又当社は明治初年頃迄は若宮八幡宮と称したり。現存する貞享二年以来の古文書には何れも若宮八幡宮と記されたり。・・・・・・・・・・ |
503-1331 岐阜県養老郡養老町橋爪1375番地の1 |
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養老上石津支部 3182 |

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神明神社
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詳細
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創祀不詳。延享三年六月二十四日社殿再造立の棟札を蔵す。・・・・・・・・・・ |
503-1251 岐阜県養老郡養老町石畑2020番地 |
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養老上石津支部 3113 |

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須賀神社
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詳細
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沿革不詳。当社は元大字安久字飛鳥井に鎮座せしが、牧田川に沿へるため、時々水害を蒙り、尊厳を冒涜するを以て明治十六年現在の地に移転す。当社元須佐之男神社と称せしが、大正十五年八月に於いて明治十六年以前より須賀神社と称したること判明したるを以て現在の社名に訂正す。・・・・・・・・・・ |
503-1338 岐阜県養老郡養老町安久110番地の1 |
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養老上石津支部 3197 |

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八幡神社
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詳細
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天文三年差出帳(村中之支配宮五社隼人大明神拝殿御座候境内三畝十歩前々より御除地神明内宮境内一畝歩前々より御除地神明外宮境内十五歩前々より御除地白山権現境内十二歩前々より御除地若宮八幡宮前々より御除地。)文化九年十二月明細帳(神社六ヶ所、神明宮両社八幡宮白山大権現早人大明神弁才天右六社境内一反七畝十四・・・・・・・・・・ |
503-1385 岐阜県養老郡養老町上之郷字中ノ切334番地 |
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養老上石津支部 3213 |

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八幡神社
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詳細
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創祀不詳。新撰美濃志「大野村に八幡社又如意輪社あり。美濃神名記の大謂明神は此の二祠のうち何れかそれ成るべし。大沼も大謂も昔は「於ほぬ」又「於ほの」とよみし例なり」とあれど、いかにや。境内百八十四坪境内御鍬神社は豊受姫命を祀り、水神神社は弥都波能賣神を祀る。何れも創立縁由不詳。・・・・・・・・・・ |
503-1383 岐阜県養老郡養老町大野字村内北718番地 |
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養老上石津支部 3208 |

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神明神社
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詳細
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創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
503-1276 岐阜県養老郡養老町釜段723番地 |
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養老上石津支部 3144 |

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秋葉神社
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詳細
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創立年月日不詳なれども里老の口碑の傳ふる処に依れば往古崇敬者等社地を寄付して創設せるものにして其詳細詳ならず。・・・・・・・・・・ |
503-1382 岐阜県養老郡養老町船附2889番地の1 |
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養老上石津支部 3205 |

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神明神社
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詳細
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昭和三十四年神明町発足に伴ひ守護神たる神社創立の要望起こり、全町民奉賛のもとに昭和三十六年八月神明神社奉祀委員会を結成し、祭神として字神明古来の産土神たる神明神社、並びに大字押越の総氏神たる八幡大神を奉齋することに決し、同年九月宮地地鎮祭、同年十一月一日鎮座祭、同年十一月三日御鎮座奉祝祭を挙行した。・・・・・・・・・・ |
503-1316 岐阜県養老郡養老町押越30番地の18 |
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養老上石津支部 3171 |

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八幡神社
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詳細
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正保三年三月二十一日常葉六郎衛門、伴與惣兵衛、福井新左衛門連名上畑一反歩寄進。境内神社御鍬神社は享和元年七月勧請。・・・・・・・・・・ |
503-1243 岐阜県養老郡養老町五日市536番地 |
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養老上石津支部 3109 |

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