
|
|
黍生八幡神社
|
詳細
|
| 当地は古来池ヶ洞の内にして文明年間黍生○氏開拓して居住以来通称地名黍主と称す。当神社は其の郷士黍生氏の氏神として奉祀せしに始まり宝永七年九月同氏没落の後区民継承再建して明治維新村社に列す。・・・・・・・・・・ |
| 509-3417 岐阜県高山市高根町池ヶ洞字森ノ上582番地の1 |
 |
|
大野支部 2206 |

|
|
日枝神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、大神の又の御名は山末之大主神、大年神ノ御子なり。淡海國日枝山に坐し、山岳を主宰し給ふ。中世山王権現と云ふ。当社は近江國滋賀郡坂本村に坐す日枝神社を勧請したりと云ふ。又里伝に天文年中当地上野平に楢林小三郎と称する郷士在住し、守護神として崇敬したりと伝ふ。古来当地の産土神なり。大正二年・・・・・・・・・・ |
| 506-2124 岐阜県高山市丹生川町新張字長森438番地 |
 |
|
大野支部 2150 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、往昔は小八賀郷(現今丹生川村と号す)小木曽、殿垣内、下坪、桐山、細越、五ヶ村の産土神なり。一説に建久年間木曽左馬頭源義仲の遺子残党当地に来住して加賀國白山大神及び信濃國木曽御岳大神を勧請奉祀せしとぞ云ふ。元禄七年七月検地帳除地八反三畝十歩。宝暦四年四月飛騨郡代より社号額を寄進あり。・・・・・・・・・・ |
| 506-2133 岐阜県高山市丹生川町北方1745番地 |
 |
|
大野支部 2154 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれど、元禄検地除地帳白山権現此境内一旦九畝五歩とあり。例祭日九月十四日。・・・・・・・・・・ |
| 509-4112 岐阜県高山市国府町鶴巣1329番地の1 |
 |
|
吉城郡支部 1295 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 御名は譽田別尊、仲哀天皇の皇子。御母は神功皇后なり。皇后胚孕の御身を以て韓国を征平し給ひ、班師の時、筑紫の宇美にて天皇を誕生し給ふ。天皇御宇の間文学工芸を興し、皇威内外に輝し給へり。後聖武天皇の御代八幡大神と奉称す。当神社勧請年代未詳。寛延元年閏十月再建。古来当区の産土神なり。・・・・・・・・・・ |
| 509-3214 岐阜県高山市久々野町無数河1442番地 |
 |
|
大野支部 2178 |

|
|
諏訪神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれども、里伝に曰く、当社は当地開闢の時、其の地主神として奉祀したるものにして、起源悠遠なり。地名の柏原は上代に於いて旧荒城郡二十三ヶ村の総称なりしことは後鳥羽天皇元暦元年十一月の文書に荒城郷柏原字宮地野とあるに徴して明かなり(此の文献は吉城郡小鷹利村高野五社神社蔵)当神社は古来広く柏原の産・・・・・・・・・・ |
| 506-2106 岐阜県高山市丹生川町柏原字前平782番地 |
 |
|
大野支部 2137 |

|
|
湯之本津島神社
|
詳細
|
| 当神社は元津島神社と称し、その創立年月日は不詳なるも、明治維新村社に列せられしを、明治四十一年六月二日大古井神社に合併したりしを明治二十二年四月二十四日を以て旧地に再建して津島神社と称する社前に湧出する冷泉の守護神ととして崇敬せり。・・・・・・・・・・ |
| 509-3417 岐阜県高山市高根町池ヶ洞字洞ケ谷120番地の2 |
 |
|
大野支部 2205 |

|
|
野々俣神社
|
詳細
|
| 創立不詳。往古より飛濃越國境に位する野々俣口御番所の鎮守神として往来諸民の崇敬厚く、明治維新村社に列し、同四十四年一月十一日字北洞村社金山神社字中ノ尾無格社神明神社を合併して昭和十三年社殿を改築し、同二十三年十月五日元白山神社を野々俣神社と改称す。・・・・・・・・・・ |
| 501-5417 岐阜県高山市荘川町野々俣字後谷1054番地 |
 |
|
大野支部 2107 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 勧請年代は不詳である。里説に「昔この地は三枝別、又は三枝部連の本拠であったので、その族人が祖神を奉祀した社である」と言われている。中古加賀國白山神社の社僧が美濃國郡上郡長瀧寺の使僧の勧めにより白山神を合祀し、社号を改めたと伝わる。河上庄の盛衰と運命を共にしたことは、下林町野口の白山神社と同じである。・・・・・・・・・・ |
| 506-0044 岐阜県高山市上切町1223番地 |
 |
|
高山市支部 1690 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 天正15年領主金森長近が千光寺を再建するに当たり、当神社を現在地に移し、氏神として奉祀した。・・・・・・・・・・ |
| 506-2135 岐阜県高山市丹生川町下保字荒神洞1024番地 |
 |
|
大野支部 2156 |

|