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一色白山神社
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詳細
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| 創立不詳。往古より社地を字神田、御手洗と称し、古墳形岩石山口に鎮座して御母衣、森茂、白山と共に白川白山三社の一なりと称せられ、亦黒谷、三尾河白山と共に分祀創立せりとも里伝に云へり。中古元久二年七月十七日再建。以来造営屡々にして歴代国主代官郡代等越前支配に赴く途中当村三島家に宿泊して、必ず社参を例とし・・・・・・・・・・ |
| 501-5415 岐阜県高山市荘川町一色字神田26番地 |
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大野支部 2106 |

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広瀬神社
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詳細
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| 往古の社殿はその興廃は詳らかでないが、応永十八年九月、飛騨国司姉小路宰相人道尹綱、足利将軍に攻め滅ぼされたとき、社殿、僧院共兵火にかかって焼亡したことは「菩提院縁起」によって明らかである。後領主広瀬氏により再興されたが、その年月は不詳である。永正十七年八月、広瀬城主左近大夫将監利治が再建した棟札があ・・・・・・・・・・ |
| 509-4119 岐阜県高山市国府町広瀬町2604番地 |
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吉城郡支部 1302 |

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大八柱神社
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詳細
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| 創祀未詳なり。里伝に曰く、当社は天正十年十月吉城郡高原郷諏訪城主江馬輝盛敗亡の時夫人某氏常に信仰する住吉明神の御霊代の神鏡を奉じて傅人横山盛方に導かれ辛くして当地に遁れ来り農家に潜伏し、後一祠を営みたりと云ふ。又云ふ。当神社は江馬一族累代の尊崇する神社にして寿永二年備前守平忠盛男修理大夫経盛の末子と・・・・・・・・・・ |
| 506-2131 岐阜県高山市丹生川町大萱字宮垣内740番地 |
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大野支部 2152 |

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荒城神社
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詳細
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| 創祀は平安朝以前。三代実録第十四に「清和天皇貞観九年十月五日。授飛騨國従五位下水無云々荒城神社云々従五位上とあり、又延喜式神名帳に飛騨國八社荒城神社とあるを見、又古事記伝十三巻に美濃の國喪山の未詳なるについて飛騨國荒城神社もあり、心附くべし。とあり、尚諸国の例に見る国名郡名連続するを考ふれば、出雲國・・・・・・・・・・ |
| 509-4103 岐阜県高山市国府町宮地1464番地の1 |
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吉城郡支部 1289 |

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住吉神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども本殿棟札によれば、寛仁元年住吉大神とあり。又長保三年三月吉と刻字の狛犬一対を存す。縁起に曰く、当國高原郷殿村城主江馬輝経以来江馬家十六代の守護神にして年々賽物奉供直会等の事あり。又当國荒城郷地頭職多好方及び其息好節正治年間神楽奉納の事あり。当時使用と称する能楽面を蔵す。永禄年中江馬常・・・・・・・・・・ |
| 506-2103 岐阜県高山市丹生川町折敷地字宮ノ下722番地 |
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大野支部 2134 |

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春日神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、二村正純は天正年間金森家に属し慶長五年九月郡上八幡城攻防戦に戦死したが、此の正純の先祖が氏神として奉祀せりと云ふ。宝暦九年に記載せる春日大明神由来書き左の通りなり。仁治年中に千載古木紅葉木有り。その一枝に光有り。尋ね見奉れば黄金の尊射なり。名付けて春日大明神と申す。その後金森落城の・・・・・・・・・・ |
| 509-2702 岐阜県高山市清見町大原字野中257番地 |
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大野支部 2166 |

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白山神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、里伝に、元久三年勧請せりと伝へらる。往古乱世の際大野郡上枝村川上郷郷社新宮神社へ久しく奉遷して、新宮神社の別宮なりしところ、当時氏子中にて長く氏神を他神社に奉齋するは如何と協議なし、当時飛騨國郡代小野朝右衛門高山地役人奥田太藏取持を以て白山神社の本社を奉建なし、嘉永二年七月廿日新宮・・・・・・・・・・ |
| 506-0104 岐阜県高山市清見町福寄字水ナシ洞1594番地 |
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大野支部 2123 |

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小鷹神社
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詳細
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| 創祀未詳。由緒不明なれど、明治四十四年六月二十三日字川島無格社山神神社を合祀す。例祭日八月二十九日。・・・・・・・・・・ |
| 509-3315 岐阜県高山市朝日町宮之前字森下247番地 |
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大野支部 2193 |

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稲荷神社
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詳細
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| 創祀未詳。由緒記載なし。例祭日九月二十二日。・・・・・・・・・・ |
| 509-4104 岐阜県高山市国府町今709番地 |
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吉城郡支部 1290 |

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神明神社
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詳細
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| 創祀未詳。由緒不明なれども、明治四十四年九月廿日字山越村社神明神社、字前平村社白山神社を合祀す。例祭日九月二日。・・・・・・・・・・ |
| 509-3303 岐阜県高山市朝日町浅井字森平1200番地 |
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大野支部 2185 |

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