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神明神社
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詳細
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| 創立年代は不詳である。
社伝によると、往古この地に時々光り輝き、あたかも神明のごとく見える物があったので、村民は畏怖尊敬して神籬を立てて斎祀したのがその起源であると言われている。鎌倉時代に武士 五十嵐小豊次尊敬する事厚く、武器等を奉納した。また中古には当郷領主江馬家も神明神社を尊敬する事厚く、社領・・・・・・・・・・ |
| 506-1302 岐阜県高山市上宝町長倉585番地 |
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吉城郡支部 1269 |

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八幡神社
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詳細
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| 創建年月不詳なれども、美濃明細記に「安八郡下開発村八幡大菩薩境内三反余大門通百八十間領主より除地とあり。里俗八幡神社と称せず大菩薩の宮と云ふ。往昔三町六反六畝十八歩の朱印地ありしが、豊臣氏の時之を廃す。大門の東に字御手洗池と云ふ田あり。今蓮池と云ふ。同じく西に菰敷田と云ふあり。皆古への境内なり。菰敷・・・・・・・・・・ |
| 503-0005 岐阜県大垣市和合本町717番地 |
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大垣市支部 1933 |

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神明神社
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詳細
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| 元禄十年八月創祀。由緒詳述なし。・・・・・・・・・・ |
| 501-2808 岐阜県関市洞戸高見字田中森1852番地 |
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武儀支部 2608 |

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六社神社
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詳細
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| 由緒不詳なるも御鏡には弘化四年極月と記しあり。夫れ以前の往昔の創立と思はる。・・・・・・・・・・ |
| 503-2504 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日中山2726番地 |
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揖斐郡支部 3102 |

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白山神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、里伝に旧鎮座地池本字神田野一六二二番地は往古白川村御母衣の産土神白山比□羊神社此区の後の御母衣谷のサハラの木に御遷座有りて此の地に御鎮座せむと、神憑ありて、御遷座有りたりと云ふ。この神田野は往古田地にて在りし処田植の節日暮れて稲の苗束を田の中に置きしに、翌朝大神御遷御ありて、夜中に・・・・・・・・・・ |
| 506-0203 岐阜県高山市清見町池本字小手平1692の3番地 |
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大野支部 2128 |

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神明神社
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詳細
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| 第十二代景行天皇の御代舂米宿弥氏美濃国当地に在り。荒地を開墾し田畑を造り米作りをしたのが当本郷の始まりという。その后仁和4年(888)夏、当地方旱天続き、池田山の谷川総て水枯れ、農作物も枯死寸前に至り飲料水も事欠き村人難渋のとき樋口金吾祐寛等山中に入り谷奥に水源を求め樋を埋め池を堀り導水したので漸く・・・・・・・・・・ |
| 503-2417 岐阜県揖斐郡池田町本郷547番地 |
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揖斐郡支部 3062 |

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神明神社
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詳細
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| 貞享三年五月一日鎮座。その他不明。・・・・・・・・・・ |
| 505-0005 岐阜県美濃加茂市蜂屋町中蜂屋1421番地 |
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美濃加茂市支部 2400 |

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白山神社
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詳細
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| 創立年代は不詳である。承久年間「今宮さま」と称した。正平年 椋椅(くらはし)某、この地に来り住んだが、厚く神を崇敬して荒廃した本殿を整備し、後に加賀白山別当、僧徒が「勧化回壇」と称して、社殿の営繕に際し、祭神を改めて白山権現とした。江馬小四郎平時経以来、同家累世の崇敬また厚く、文明年間に特に同家右兵・・・・・・・・・・ |
| 506-1315 岐阜県高山市上宝町荒原352番地 |
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吉城郡支部 1283 |

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牛洞神社
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詳細
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| 創建年月日不詳なるも本社後醍醐帝の御宇建武延元の頃根尾城主堀口美濃守貞満 備前朝倉氏連絡を通し南朝方なりし厚見郡長森城に根拠を有する土岐美濃守頼芸と大戦し建武四年三月一日土岐の武将大膳太史頼康三樹十郎道山経行と谷汲大洞に戦ひ堀口美濃守貞直大舘二郎等一族二百余人負軍となり 堀口美濃守貞直は智勇兼備の名・・・・・・・・・・ |
| 501-0561 岐阜県揖斐郡大野町牛洞2505番地 |
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揖斐郡支部 2938 |

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富士神社
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詳細
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| 創立年代は不祥。古来より湯屋組の村社として崇敬されている。戸田采女正による元禄検地に境内除地、「1町3反3畝10歩 富士権現宮地、2反2畝歩熊野権現宮地」を賜り、文政4年本殿再建の棟札に、富士大権現・白山大権現とある。嘉永4年の『神名記』に富士権現宮・相殿白山宮とあるので、古来白山大神を相殿として奉・・・・・・・・・・ |
| 509-3113 岐阜県下呂市小坂町湯屋479番地の1 |
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益田支部 343 |

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