
|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創祀不詳なれども、往古より氏子の敬神の念厚し。・・・・・・・・・・ |
| 503-2316 岐阜県安八郡神戸町斉田字中道341.342.343番地 |
 |
|
安八郡支部 105 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-0941 岐阜県大垣市川口字4番満町637番地 |
 |
|
大垣市支部 2030 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創建年月不詳なるも慶長以前より当町両組(東大外羽、西大外羽)に分離の節、両組各々天照大神を勧請し、その後承応三年現今の地に移転し、享保三年迄該地は有税地であったが、大垣藩主より右神社へ寄付地に相成り明治八年官有地第一種となる。昭和二十七年官有地境内地大蔵省より無償譲与せらる。東大外羽は大外羽の旧称な・・・・・・・・・・ |
| 503-0956 岐阜県大垣市大外羽字宮越805番地 |
 |
|
大垣市支部 2039 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創建年月不詳慶長以前当村の儀は東西両組に分離致し居より両組各神明神社勧請有之候に付両組の人民一般該組の神明神社を氏神として年々祭祝不怠執行致来候旨故老の申傳に御座候。・・・・・・・・・・ |
| 503-0963 岐阜県大垣市西大外羽字段免所76番地 |
 |
|
大垣市支部 2045 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創建年月日不詳なるも口碑に依れば、今を去る五百年前の創建にかかり境内には古木鬱蒼として茂り、氏子の崇敬深く、盛夏の頃は氏子相集ひ涼しの場所として賑はひて地名も休み名と称せり。この地の郷民は殊に伊勢神宮を尊崇し、古より伊勢代参講を設け年々伊勢参拝を怠らず今日に至る。明治八年三月村社に列す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0561 岐阜県揖斐郡大野町牛洞2743番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2937 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創祀不詳なるも本社は古より現在の地に鎮座し巨岩の上に奉齋。俗に岩崎の宮と称す。境内には周囲一丈二尺余の古杉天を衝き、之れを見るも優に数百年以上の古社なり。尚氏子は伊勢の神宮を尊崇し、西隣の休名鎮座の神明神社の氏子と相謀り古より代参請を設け年々伊勢神宮参拝を怠らず今日に至る。明治八年三月村社に列す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0561 岐阜県揖斐郡大野町牛洞504番地 |
 |
|
揖斐郡支部 2940 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 古昔鶴姫后と云あり。御手に神鏡を持て敬拝せらるること毎旦なり。故に伊勢内宮の霊璽を請ひて此の地に崇祀し奉ると云ふ。現今境内前に鶴屋敷と旧跡あり。光厳天皇小島へ御通輦のとき村名を聞き給ふ勅答に藤代村と奏上す。于時当社の藤の花開きたるを天覧し給ひて花の藤代かと詔ありしとの説あり。斯く当社は有名の社にして・・・・・・・・・・ |
| 503-2429 岐阜県揖斐郡池田町藤代583番地 |
 |
|
揖斐郡支部 3080 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-0935 岐阜県大垣市島里672番地 |
 |
|
大垣市支部 2026 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-0306 岐阜県海津市平田町蛇池116番地 |
 |
|
海津市支部 633 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 本社は、寛政三年八月の暴風及び仝九年七月の旱天にて農作物殆ど皆無の為村民これを憂い寛政十一年九月伊勢より天照皇大神を奉齋せしものにして其当時は境内三反歩ありしも天保年間杭瀬川氾濫の為狭小に至りしものなり 幕末時代領主より役人を差遣はされ参拝せしめらる 毎年正月十五日筒粥祭の行事ありて今に至る 絶ゆ・・・・・・・・・・ |
| 503-2426 岐阜県揖斐郡池田町八幡字江渡前694番地 |
 |
|
揖斐郡支部 3074 |

|