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芝原神社
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詳細
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| 当社は芝原区の産土神として古来信奉し来る社なり。・・・・・・・・・・ |
| 503-0112 岐阜県安八郡安八町東結1387番地の1 |
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安八郡支部 24 |

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門野神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、寛文六年十一月再建。その他由緒記載なし。・・・・・・・・・・ |
| 509-7702 岐阜県恵那市明智町杉野字岩原336番地 |
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恵那市支部 1634 |

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甘南備神社
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詳細
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| 創立旧記傳はらず、因って今其の詳細を知る能はず。此の神社は極めて旧社の由伊自良郷九ヶ村入会地に鎮座あり。尊敬する処たり。祭神を推考するに姓氏録に曰橘朝臣は甘南備真人同祖敏達天皇御子難波皇子の男贈従二位栗隈王男治部卿従四位下美努王美努王娶贈従一位縣犬養宿祢東人女贈従一位縣犬養橘宿祢三千代大矢生左大臣諸・・・・・・・・・・ |
| 501-2135 岐阜県山県市長滝27番地の7の3 |
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山県市支部 1781 |

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倉野神社
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詳細
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| 西部落は元伏方部落と山田部落の一部が分離して一部落を構成したもので、伏方には伊弉諾大神を、山田には須佐之男大神を鎮座奉祀してあったから、分離の時に此の二神の分霊を乞い之に天照大神を主神として産土神としました。その後天正年間に江馬氏の家臣吉村斉右衛政元が此の地の正本城に拠守するや此の産土神の神社が小字・・・・・・・・・・ |
| 506-1155 岐阜県飛騨市神岡町西596番地 |
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吉城郡支部 1247 |

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八剱神社
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詳細
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| 創立原由未詳。往古より字神田と申す処に鎮座すと云ふ。本村は一旦中絶して荒野となる。此の年度も亦未詳。慶長年中(慶長十二年十月吉日八劔大明神を奉斎の棟札有り。)再び土地を開墾して人民移住す。之に依って右八劔大明神神社再興して今の地に遷座し、斎き祭る。追々氏子相増し、大野村寺前村の両村民之を氏神、産土神・・・・・・・・・・ |
| 509-1221 岐阜県加茂郡白川町上佐見335番地の1 |
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加茂郡支部 514 |

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神明神社
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詳細
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| 創立年代不詳なるも、維新前は境内に白山神社、富士神社、猿田彦神社、市神神社等の小祠がありたるも、すべて昭和五年十二月合併なし、別けても市神神社は市場の神を祭りて大字西市場の地名も起因を尋ぬれば其の奉る事に関りがある。境内秋葉神社は古くから「てんぴら祭」と称せられた厄祓神事散餅等を催し氏子中の特殊行事・・・・・・・・・・ |
| 504-0018 岐阜県各務原市那加西市場町5丁目200番地 |
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各務原市支部 758 |

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神明神社
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詳細
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| 創立年月不詳。正保四年春当宗兵衛及喜三郎の再建せし棟札あり。降りて享保自由八年十一月当組惣右ェ門なるもの建替せり。爾来宝暦三年五月享和元年九月文政五年三月天保七年六月氏子中の棟札あり。明治四十二年三月一日字坂マキ無格社稲荷神社字ミコサカ無格社秋葉神社を合併す。・・・・・・・・・・ |
| 509-3105 岐阜県下呂市小坂町坂下坂下431番地 |
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益田支部 338 |

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神明神社
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詳細
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| 当区内に宇須米と云ふ小字あり。古来よりの名称にて檜老木を存し、往古宇受賣神社有りしと伝ふ。現在当社の御旅所なり。元禄検地帳には二畝廿九歩郷中抱神明宮地同じく四畝二十八歩除地と記載さる。弘化三年九月二十九日神明宮本殿一宇奉建す。明治四年一月大宮賣神を配祀す。明治二十五年十一月十二日神明宮本殿を再建す。・・・・・・・・・・ |
| 506-0103 岐阜県高山市清見町藤瀬字塚中609番地 |
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大野支部 2122 |

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度會神社
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詳細
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| 明応元年三月寛文十一年九月創祀。従昔年無小松二株有り。名を伊勢松と名づく。是千歳の春秋霜日月其の精霊を負ひて無言なる計り。古松と成り、村に何某なる者有りて神祇官に訟して則ち詔有り。明応元年春三月天照皇大神勧請奉り、天下泰平五穀豊穣の成就を祈る。(神社明細帳より写す)渡會神社は徳川時代の古来から食物を・・・・・・・・・・ |
| 509-7202 岐阜県恵那市東野字山ノ寺1277番地 |
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恵那市支部 1567 |

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神明神社
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詳細
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| 当神社は創立年紀不詳なれども、里伝に由れば土岐氏の革手城内に鎮座せし社の遺なりと言われる。宝暦7年下川手村社寺絵図書上帳、天明4年の村鑑に記載されている。明治45年5月神明神社3社、八幡神社、白鬚神社、阿形神社を合祀、現社殿を改修築された。・・・・・・・・・・ |
| 500-8258 岐阜県岐阜市西川手2丁目43 |
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岐阜市支部 962 |

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