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熊野神社
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詳細
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| 創建年月日不詳。古老の口碑に依れば、武儀郡板取村の長屋氏一族当地に移住し、当社を創立し、此の地を開拓せし由なるも、往年より屡々当部落内に紛擾を来し、神社棟札等紛失して由緒等全く不明なり。・・・・・・・・・・ |
| 501-2302 岐阜県山県市円原2295番地 |
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山県市支部 1803 |

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熊野神社
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詳細
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| 長禄二年創立。当時見羽助市?カ、川地治左衛門と言ふ者の鎮守なりしが、文禄三年里民の所願により村内崇敬の氏神となる。棟札によれば、承応二年二月元禄七年七月再営。享保十一年九月、寛保三年九月、宝暦十二年三月、寛政五年八月、慶応元年九月に至るまで十二回の修補が行はれた。繁栄の模様が伺はれる。昭和八年八月本・・・・・・・・・・ |
| 503-1612 岐阜県大垣市上石津町谷畑134番地 |
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養老上石津支部 3229 |

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熊野神社
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詳細
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0200 岐阜県瑞穂市多利1022番地の2 |
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本巣郡支部 2684 |

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熊野神社
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詳細
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| 創祀不詳なれども、往古より氏子の敬神の念厚し。措定村社たり。・・・・・・・・・・ |
| 503-2202 岐阜県大垣市青木町字村北1947番地 |
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大垣市支部 2075 |

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熊野神社
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詳細
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| 熊野神社は室町時代末期に安国寺の守り神として開山瑞巖大和尚が勧請したものと伝えられている。本殿の構造形式は三間社流見世棚造りで屋根は柿板葺、その平面は身舎正面三間側面一間、内部は間任切総向く拝付き組入土台上に四本の円柱と角柱大面取りの向拝が建っている。向拝柱の柱頭には唐様笹繰付三斗組が身舎に向かって・・・・・・・・・・ |
| 509-4107 岐阜県高山市国府町西門前521番地 |
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吉城郡支部 1293 |

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熊野神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、「神社明細帳」によれば、往古本村の始、谷開三郎左ェ門、坂矢甚三郎、大塚吉兵衛等の祖先荒僻を開墾せんとして地の宜しきを相して本村に至るときは殊に地質膏腴にして五穀豊熟せり。其より恋々に水田四野に蕃殖す。三祖悦びて子孫永続の土地なりとて、始めて久間の祭と称して祭を執行す。其の後居村の西・・・・・・・・・・ |
| 509-4272 岐阜県飛騨市古川町信包1256番地 |
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吉城郡支部 1329 |

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熊野神社
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詳細
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| 創立年不詳なるも口伝によるところ、永禄年中東氏郡上郷に盛んなる時長尾族の先祖氏の守護神として勧請するに始まる。その後野々倉川の下流小那比宮ヶ洞の熊野神社の隆盛するに及び、この宮を奥の宮熊野宮或は奥院など云ふ。・・・・・・・・・・ |
| 501-4454 岐阜県郡上市八幡町野々倉字西洞1708番地 |
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郡上市支部 1468 |

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熊野神社
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詳細
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| 創立年号不詳に候得共、郡上郡八幡に於いて東経頼公御代小那比村之内ヱ陣屋二ヶ所設之有之候節山田又兵衛、佐藤治平両人に而其の節勧請申し候時より村中氏子に相成候処明治六年中より御改正の際御縣より九大区十一の小区と名称し二十五村の郷社被命其の後区小区御廃止に相成候得共其のゆ所以にて郷社を号す。・・・・・・・・・・ |
| 501-4455 岐阜県郡上市八幡町小那比字宮ケ洞3564番地の1 |
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郡上市支部 1471 |

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熊野神社
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詳細
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| 創祀不詳なれども、享保三年の棟札あれば、それ以前の創祀と思われる。天和三年、貞享四年の棟札あり。新撰美濃志に、中島村芋島の南にありて、当郡(厚見郡)の東南の隅なる村なり。長森庄といふ。(中略)熊野権現社また縣明神社ともに村内にあり」と知るせり。明治四十一年三月当大字東中島字阿賀多825番地鎮座縣神社・・・・・・・・・・ |
| 500-8235 岐阜県岐阜市東中島3丁目16番12号 |
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岐阜市支部 954 |

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熊野神社
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| 貞享二年再建せり。往古(元亀天正の頃)木曽川の中河原にありて寛永六年五月大洪水のため一部流失その後貞享二年三月当所永井七兵衛再建せり。・・・・・・・・・・ |
| 504-0922 岐阜県各務原市前渡東町3038番地 |
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各務原市支部 791 |

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