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八幡神社
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詳細
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| 創祀不詳。享保十九年再建の棟札あり。鳥居は元禄十六年建立である。・・・・・・・・・・ |
| 509-0306 岐阜県加茂郡川辺町下川辺520番地の1 |
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加茂郡支部 435 |

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布賀利神社
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詳細
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| 慶長年間野村居城織田河内守長考同河内守長則(長考の子)造営とあり。応永の頃野村城放火落城せり。其頃より野村紅葉初生し、今に至る。其紅葉現存せり。明治元年野村藩主知事戸田淡路守氏良此地に藩を立て居住せられ、社殿拝殿華表に至るまで委皆新築し、野村藩社とし、毎年祭典の際は藩主より神饌幣帛等を供進し、神輿を・・・・・・・・・・ |
| 501-0512 岐阜県揖斐郡大野町上秋字乾屋敷1152番地 |
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揖斐郡支部 2897 |

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八幡神社
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詳細
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| 創祀不詳なれども、源義朝平治の乱に破れて、尾張國野間の内海に落ちんとせし時、この地を通過し、当社に参拝路次恙無く彼の地に至らむ事を祈りけるに、当村の伊藤某と云へる者、玄光と共に義朝を扶けて柴船に潜伏せしめて難なく彼の地に着船せしめたりと云ひ、古書に有名なり。当時義朝の休息せし地も休息所と云ふ。其の傍・・・・・・・・・・ |
| 503-1325 岐阜県養老郡養老町飯ノ木477番地の1 |
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養老上石津支部 3179 |

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八幡神社
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詳細
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| 当村は古来若山飛騨守政家の鎮守にありしが応永の頃若山飛騨守入道道宗と改称し、当國石津郡牧田荘に落居し、此の地に一宇を建立す。移転の年月は不詳なりと雖も造営の記録に詳なり。棟札、一、享保三年二月若宮八幡宮。一、天明二年六月牧田山村郷柿屋文吉。一、安政三年歳暮冬二十八日奉遷宮八幡宮一宇。一、文政七年八月・・・・・・・・・・ |
| 503-1602 岐阜県大垣市上石津町牧田1439番地 |
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養老上石津支部 3225 |

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八幡神社
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詳細
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| 明暦時代の創祀か。当八幡神社は上高屋字入方に存在せし神社明細書に記載の神社にて古昔に関する由緒は一切不詳なれども、古来よりの口碑伝説に依れば本社の創建は明暦二年なりと。尚当社の燈明に享保年中供米十俵を御地頭より戴き乾と改む。乾茂左ェ門吉楽と彫刻有るも果たして真実のものなるかは古書類無きに於いては不明・・・・・・・・・・ |
| 501-0411 岐阜県本巣市上高屋字大判1049番地の1 |
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本巣郡支部 2751 |

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八幡神社
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詳細
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| 年代は詳かならざるも、当社曾て祝融の災に罹り、古文書類焼失したり。故に文献の徴すべきものなきも、口碑の傳ふる処によれば、創立の由来は今を去る数百年前、当村近傍に敬神の念殊に深き農夫あり。その霊夢により、八幡大神の御出現を見、一宇の社祠を創立。崇敬したる由言ひ傳ふ。棟札は、延宝二年のものあり。明和七年・・・・・・・・・・ |
| 503-1262 岐阜県養老郡養老町小倉868番地 |
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養老上石津支部 3123 |

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八幡神社
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詳細
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| 当神社勧請年代不詳。古来より当区の産土神なり。明治三十五年荻町より本殿を譲受け改築す。・・・・・・・・・・ |
| 501-5623 岐阜県大野郡白川村椿原字家ノ高120番地の1 |
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大野支部 2116 |

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八幡神社
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詳細
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| 創立年月日不詳と雖も境内には三年迄千数百年以上の樹齢の大木ありしを思へば本地方有数の古社なるを知るべし。郷土の先住民天皇の御高徳を仰崇し郷土鎮守神として奉齋せる社にて、従来指定村社に列せらる。・・・・・・・・・・ |
| 501-6122 岐阜県岐阜市柳津町高桑4-143 |
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羽島支部 205 |

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八幡神社
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詳細
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| 神社古文献に依れば元禄十三年十月の創建に係わり天明三年十月再建。社人又兵衛とあり。古来当組の村社なり。・・・・・・・・・・ |
| 509-3107 岐阜県下呂市小坂町無数原538番地 |
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益田支部 340 |

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八幡神社
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詳細
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| 天文三年差出帳(村中之支配宮五社隼人大明神拝殿御座候境内三畝十歩前々より御除地神明内宮境内一畝歩前々より御除地神明外宮境内十五歩前々より御除地白山権現境内十二歩前々より御除地若宮八幡宮前々より御除地。)文化九年十二月明細帳(神社六ヶ所、神明宮両社八幡宮白山大権現早人大明神弁才天右六社境内一反七畝十四・・・・・・・・・・ |
| 503-1385 岐阜県養老郡養老町上之郷字中ノ切334番地 |
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養老上石津支部 3213 |

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