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八幡神社
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詳細
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| 創立年月は詳かならざるも、往古神仏混淆の時代は八幡大菩薩と唱へたるも、明治元年五月官制改正の神仏分離に依り八幡神社と改称し、明治年間中に神明社を合併し、奉齋したるものなり。・・・・・・・・・・ |
| 503-0643 岐阜県海津市海津町札野261番地 |
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海津市支部 735 |

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八幡神社
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| 里伝に「延徳三年十月三木権大納言教忠卿古田彦右衛門安久を伴ひ郊外に遊ぶ。森林中藤の繁茂したる所に一個の古箱有るを見る。箱表に「八幡古田兵」の五文を書す。両人思へらく、此古箱は?に洪水の際この地に漂着せしものなり。須らく之を奉じて鎮守の神と為すべしと。則ち八幡宮と崇め奉祀せり」正保五年領主小笠原土佐守・・・・・・・・・・ |
| 503-1273 岐阜県養老郡養老町根古地字城屋敷231番地 |
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養老上石津支部 3135 |

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八幡神社
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| 元和年代創祀。寛文九年十二月再興。その他由緒記載なし。・・・・・・・・・・ |
| 509-7206 岐阜県恵那市長島町久須見字深山沢1967番地 |
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恵那市支部 1581 |

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八幡神社
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| 創建年月日不詳。建久の頃相模國足柄郡羽田野下総守在城の時、城内に守護の八幡神社之有り。然る処その頃戦いの際右下総守御生害あり。家臣等多く切腹するに美濃國郡上郡字小那比村の産五郎平と申す者羽田野家に僕たり。其の主下総守弟それに扈従して遁れ来りし時に彼の城内に祀れる八幡大神をもこの地へおとも仕り当村字神・・・・・・・・・・ |
| 501-4455 岐阜県郡上市八幡町小那比字弾部3311番地 |
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郡上市支部 1474 |

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八幡神社
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| 天正十五年五月十五日創立。・・・・・・・・・・ |
| 503-0321 岐阜県海津市平田町今尾409番地の5 |
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海津市支部 642 |

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八幡神社
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詳細
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| 創建年月日不詳。慶長九年五月再建と有り。元不破郡岩手城主竹中半兵衛崇敬の神にして、毎年例祭には岩手城主より代参せられ、金穀の供進も之有りしも、書類一切焼失の為唯古老の伝説に存するのみ。公卿字十之坪鎮座祭神応神天皇勧請年月日不詳。古伝に大御業城主竹中遠江守の鎮守と称す。・・・・・・・・・・ |
| 501-0555 岐阜県揖斐郡大野町公郷2103番地 |
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揖斐郡支部 2933 |

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八幡神社
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詳細
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| 創立年月日不詳なれども元字北畑に創建して有りしを慶応三年五月字南条畑に移転して現存する古社である。・・・・・・・・・・ |
| 503-0415 岐阜県海津市南濃町山崎字南条畑735番地の1 |
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海津市支部 680 |

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八幡神社
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詳細
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| 大正六年七月十日県庁の許可を得て境内社富士並神社(木花佐久夜毘賣命)地福神社(豊受姫命)五穀神社(豊受姫命)の三社を合併奉齋し今に至る。・・・・・・・・・・ |
| 501-0804 岐阜県揖斐郡揖斐川町東横山488番地 |
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揖斐郡支部 3012 |

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八幡神社
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詳細
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| 社伝によれば、平安朝時代創祀。口碑に曰く、宮川流れに上ノ瀬、中ノ瀬、下ノ瀬と称へて激流至険の川流ありて(従前舟を以て川向こうへ通行する土地なり。)住民相議りて八幡大神を勧請祈念し奉るに、右三カ所の激流原野の如く相成り、夫れより地名を三川原と称へ、(斐陀後風土記には塞川原とあり)益々産土神に崇敬在りと・・・・・・・・・・ |
| 509-4403 岐阜県飛騨市宮川町三川原99番地 |
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吉城郡支部 1348 |

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八幡神社
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| 創祀不詳。由縁不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-0234 岐阜県安八郡輪之内町里1157番地 |
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安八郡支部 77 |

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