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一位ノ森八幡神社
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詳細
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| 創立年代は、社伝に依ると第八十一代安徳天皇の養和元年正月、木曽義仲、入飛騨観察の途中、源家の氏神八幡大神を勧請鎮祭し、愛用の鉾.太刀等を奉納せりと云う。社宝に仏像四体その他多数があり、区内には義仲及び木曽家に関する幕の原、駒懸岩、長峰古戦場の遺跡がある。文禄2年9月再建の砌り、仏像を補修彩色した、其・・・・・・・・・・ |
| 509-3403 岐阜県高山市高根町日和田字中村垣内821番地 |
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大野支部 2200 |

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白王神社
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詳細
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| 当社の創建年代は不詳である。按ずるに、往古より社後の高峰仏ヶ尾山に対する、山岳崇拝による前宮として崇敬したのに因る。中世以降山岳崇拝による白山信仰に変わったものである。
応永年間、桜谷城主白井太郎俊國が疫病退散祈願のため、城の戌亥の方角に当たる当村に、八王子神社を創建し仏像を奉納した。
江・・・・・・・・・・ |
| 509-2507 岐阜県下呂市萩原町野上字成井1485番地 |
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益田支部 314 |

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八幡神社
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詳細
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| 天正十六年四月二十八日旧領主竹中吉助殿創建元和九年二月十八日越前國主宰相忠直卿再建。・・・・・・・・・・ |
| 503-1500 岐阜県不破郡関ケ原町字福井907番地 |
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不破郡支部 2505 |

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熊野八幡神社
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詳細
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| 昭和五十七年四月十九日神社本庁の承認を経て神置町熊野神社と八幡神社が合併して新法人を設立する。熊野神社は創立年月不詳なるも元間島村村社として崇敬された。八幡神社は創立年月日不詳なるも元成清村村社として崇敬され、成清村が分村して石田村に属し、明治維新後間島村と石田村が合併し、神置村となりしも間もなく東・・・・・・・・・・ |
| 504-0933 岐阜県各務原市神置町4丁目32番地 |
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各務原市支部 806 |

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麻生野神社
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詳細
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| 天文九年創祀。江馬十四代左京之進平ら時経次男右ェ門太夫直盛と倶に麻生野洞ノ山に分城を築き、此処に居す。之を麻生野右ェ門太夫直盛と称す時に天文九年麻生野字野田に宇佐八幡宮を勧請すと云々。又里説に所謂直盛麻生野の野を開墾し野田と字して其の中央に此の大神を勧請し、その地主神と祭祀を執行、崇敬すと云う。江馬・・・・・・・・・・ |
| 506-1131 岐阜県飛騨市神岡町麻生野296番地 |
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吉城郡支部 1231 |

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六社神社
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詳細
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| 創立天正9年辛巳年12月15日とあれども恐らく往古より此の真福寺部落の各所に奉斎ありし六ヶ所の神社を現在の一社に合祀せし時が天正9年にして社名も六社と称しならむ。天正九年辛巳年12月15日當村住人中村一輔創立寛永18辛巳年8月再営、享保19年寅年8月再営、寳暦9己卯年6月修理、文化13丙子年4月再営・・・・・・・・・・ |
| 502-0081 岐阜県岐阜市長良真福寺字六本松3146番 |
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岐阜市支部 1184 |

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八幡神社
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詳細
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| 創立年月は不詳なるも奥村家蒼祖の建立にして、文化三年以来氏子の総意により、社殿の改築をなし、殊に境内には近郷希に見る老樹ありて、神域の尊厳を保ち崇敬厚し。・・・・・・・・・・ |
| 501-6121 岐阜県岐阜市柳津町上佐波1丁目41番地 |
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羽島支部 195 |

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神明神社
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詳細
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| 本社は元奥洞戸村に属す。明治四十二年一月字明神森無格社八幡神社同神明神社を合併す。・・・・・・・・・・ |
| 501-2901 岐阜県関市板取6315番地 |
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武儀支部 2627 |

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八幡神社
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詳細
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| 元和六年創建。大ヶ洞里民今井次良左ェ門忠親の勧請する所なり。同氏は木曽義仲の臣今井兼平長子対馬守貞信の末孫なり。木曽家滅亡の後に貞信宮田村に来住し十代信家三木右京進に仕ふ。天正中十八代信孟に至り、三木家没落して民間に下る。依って竹ノ上に移住し、相続て二十三代忠親に至る。乃ち祖先兼平貞信の守神と崇むる・・・・・・・・・・ |
| 509-2519 岐阜県下呂市萩原町奥田洞86番地 |
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益田支部 322 |

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八幡神社
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詳細
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| 御祭神応神天皇は武運長久、家内安全、五穀豊穣の神として氏子の崇敬篤く永年に亘り讃仰しきたれり、殊に氏子の住む北柿ヶ瀬及び南柿ヶ瀬の治水不備の往時、現長良川の古川と戸羽川及び板屋川の合流点に在りて洪水或は堤防の欠壊等に困る水害を繰り返す所謂水害の常襲地帯のため農耕、水難鎮護の神とし崇敬し来たり、氏子の・・・・・・・・・・ |
| 501-1133 岐阜県岐阜市北柿ケ瀬144番地の1 |
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岐阜市支部 1073 |

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