
|
|
神明神社
|
詳細
|
| 口碑に三百年以上前鎮齋されたる古社と云ひ伝ふも、確証なし。棟札に伊勢大神云々寛文六年十一月二日大工藤原朝臣出戸住人恩田佐左衛門とあり。大正六年三月二十六日同字津島神社並びに同八王子神社の二社を合祀せり。大正六年三月境内狭隘、祭典執行困難のため本殿を後方十五番地の二へ移転せり。・・・・・・・・・・ |
| 501-2254 岐阜県山県市出戸15番地の2 |
 |
|
山県市支部 1788 |

|
|
神明春日神社
|
詳細
|
| 養老年中越の泰澄の創建の由云ふ。又神明神社合祀年月不詳。里伝云ふ当村森と称する同辺に在りしが、百年前洪水のために流れその後当村の田中あるを猶祀りしが、御神体御鏡の処盗難に罹り更に御神体知れ難く、故に里人大いに憂ひ居りし処神告によりて春日社とは同殿に祀りしと云ふ。・・・・・・・・・・ |
| 501-4206 岐阜県郡上市八幡町吉野1404番地 |
 |
|
郡上市支部 1401 |

|
|
福田神社
|
詳細
|
| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 501-2601 岐阜県関市武芸川町谷口899番地 |
 |
|
武儀支部 2577 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 当神社の創立年代は不詳である。祭神は国民すべての祖神天照大神である。延喜式神名帳(平安時代)に記されている川島神社は当社のことで往古は松倉村をはじめ近郊十四ケ村を有していたと伝えられ永緑年間(戦国時代)坪内美濃守の産土神で松倉城築城の際鬼門に相対する神社として殊のほか崇敬のあった神社である。明治6年・・・・・・・・・・ |
| 501-6022 岐阜県各務原市川島松倉町字上ノ島2232番地の1 |
 |
|
各務原市支部 147 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 由緒起源詳ならざれども、伝へ聞く所によれば、今を去る八百年前、源三位頼政公の伯母この地に住み、その頃既に鎮座しあり。以来幾度か社殿の改築あり。元禄三年には数本の常夜灯の寄付もありし。・・・・・・・・・・ |
| 501-3951 岐阜県関市植野字神明野752番地 |
 |
|
関市支部 912 |

|
|
六社神社
|
詳細
|
| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-2501 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日美束2697番地の1 |
 |
|
揖斐郡支部 3087 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 神明神社(大神宮)が御創建される以前は、八坂神社が蘇原の總社であります加佐美神社の二宮として鎮座されていました。寛文12年(今から319年前)8月伊吹町の愛宕山(現在地)に遷座され、そ跡地に42年後の正徳4年氏子の安全と五穀の豊穣を祈願して、伊勢の皇大神宮から御分霊を勧請遷宮されたものであります。神・・・・・・・・・・ |
| 504-0842 岐阜県各務原市蘇原寺島町2丁目24番地 |
 |
|
各務原市支部 775 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 上川手神明神社の由来は古く第12代景行天皇の皇子御誕生の地とされ第56代清和天皇より貞観18年(876)7月11日「勅使児宮正六位」の宣下、その後「従五位子安宮」を賜う又その後南宮の勅使下向「正五位」を賜うとあり、明治の末期頃迄は子安宮と言い安産祈願のため多くの参詣人があったと伝へられています。毎年・・・・・・・・・・ |
| 500-8245 岐阜県岐阜市上川手字南出260番地 |
 |
|
岐阜市支部 959 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創立年月日不詳なれども、里老の口碑の伝ふる処に依れば、往古某なる者社地を寄付して創建せるものにして其の詳細不詳。・・・・・・・・・・ |
| 503-0402 岐阜県海津市南濃町志津新田500番地 |
 |
|
海津市支部 651 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 北蛇持の産土神として創立。明治十二年二月十八日再建す。・・・・・・・・・・ |
| 503-1303 岐阜県養老郡養老町蛇持448番地 |
 |
|
養老上石津支部 3150 |

|