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神明神社
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詳細
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| 貞享四年十二月一日創建。以来村社にして文化二年濃陽村明細記田村の條に左の記録あり。 神明宮 社二尺五寸、二尺五寸 境内地御除地。・・・・・・・・・・ |
| 503-1271 岐阜県養老郡養老町田91番地 |
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養老上石津支部 3132 |

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神明神社
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詳細
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| 寛永二年十二月創祀。創立以来崇敬篤く、氏子数も五、六十戸はありき。揖斐川改修に際し、他に移住家も生じたれども何等異常なく明治三十六年十一月東方より現今の地に移転したり。・・・・・・・・・・ |
| 503-0533 岐阜県海津市南濃町田鶴上ノ島2番地 |
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海津市支部 684 |

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神明神社
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詳細
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| 享保十八年八月村中の寄進により創建。従前当村西組元岩須村崇敬の神社があった。村人は爾来よく氏神としての神徳によって奉斎し、宝暦八年、天明五年の再営、寛政十二年、天保四年の修復など、崇敬の誠をいたした。境内に津島神社あり。寛政七年六月大いに疫病流行したので、該病鎮圧のため尾張津島神社の御分霊を奉迎して・・・・・・・・・・ |
| 503-1624 岐阜県大垣市上石津町三ッ里1431番地の1 |
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養老上石津支部 3240 |

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神明神社
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詳細
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| 社伝によれば平安時代創祀。口碑に曰く、陸奥國信夫郡東忍庄の住士佐藤與四郎豊信遙々此の村に来寓居す。数代を経て佐藤與四郎豊包に至り飛騨國大野郡牧ヶ洞栗原神社の社人佐藤四郎に出会ひ先祖を語りて後佐藤四郎を菅沼の住人に引きあわせ同所の祖人となしける時、右佐藤四郎の常に鎮守せる天照皇大神の御分霊を当所に納め・・・・・・・・・・ |
| 509-4422 岐阜県飛騨市宮川町西忍472番地 |
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吉城郡支部 1355 |

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神明神社
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詳細
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| 享和元年八月十五日、伊勢國度会郡伊勢神宮より迎へ来り当村産土神、神明神社として奉祀。爾来八月十五日を以て祭日と定め、祭典を執行し来りしが、現今は毎年四月二十五日を祭日と定めて祭事を行ふ。大正七年五月拝殿を改築す。・・・・・・・・・・ |
| 509-7401 岐阜県恵那市岩村町飯羽間字中屋1000番地 |
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恵那市支部 1589 |

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神明神社
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詳細
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| 延宝四年九月一日創祀。伊勢國度会郡五十鈴川上に鎮座、天照皇大神を勧請奉斎す。・・・・・・・・・・ |
| 509-5101 岐阜県土岐市泉町河合字賎ケ洞1129番地 |
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土岐支部 2307 |

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神明神社
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詳細
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| 創立年月縁由不詳。文化二年濃陽村々明細記大墳村の條に「神明宮 社二尺五寸二尺五寸 境内御除地」とあり。明治十三年五月社殿再建。・・・・・・・・・・ |
| 503-1311 岐阜県養老郡養老町泉町148番地 |
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養老上石津支部 3156 |

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神明神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 501-6026 岐阜県各務原市川島松原町字雁場前301番地 |
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各務原市支部 152 |

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神明神社
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詳細
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| 創祀不詳。高燥な山地、幽邃の氣のこもる林地、神聖な位置、風致を併せて古来樵夫、農民の信仰が深い。由緒創建共に不詳ではあるが、古老の口碑に往古は字谷川(元宮田と称する)に鎮座のところ廃絶に及び、社殿も破損し果てられた。天明年中、或樵夫神實を得て、字貝戸(もと中山と称す)に小祠を営み奉祀していたといふ。・・・・・・・・・・ |
| 503-1631 岐阜県大垣市上石津町前ヶ瀬443番地 |
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養老上石津支部 3246 |

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神明神社
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詳細
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| 長禄二年十二月創祀。この時に寄進せる奉掛の鰐口あり。文政十一年十一月再建。当区の産土神なり。文化四年絵馬殿を新築。明治四十三年幣殿拝殿鳥居新改築す。大正七年四月社務所を新築す。・・・・・・・・・・ |
| 506-2255 岐阜県高山市丹生川町駄吉字川畑21番地 |
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大野支部 2163 |

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