
|
|
白山神社
|
詳細
|
| 養老二年僧泰澄越の白山登山の砌当大字に暫く逗留あり。折から悪病流行に付き、右病難消除のため当大字小字正ヶ洞白山神社を勧請したりと云ふ。嘉永五年当大字五郎左衛門と云ふ者後刻成就のため当大字字森に山城国稲荷神社を勧請創設したりと云ふ。大正六年十二月四日右二社を当字に移転合併したり。・・・・・・・・・・ |
| 501-5101 岐阜県郡上市白鳥町前谷字島反別319番地の2 |
 |
|
郡上市支部 1518 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 養老年中泰澄大師白山登山の際当村に暫時逗留ありて則ち別当社を建立すと云ふ。天暦年中大内藤原政法と云ふ者鷲見の郷に一城を築き芥見の庄一郷の主と為り、鷲見殿と号す。右領主より社領として高二石二斗余寄付あり。その後天正年中兵乱に鷲見一族滅亡に依り当社も廃頽す。享保村年七月十六日本社及拝殿を際営し、村社と崇・・・・・・・・・・ |
| 501-5303 岐阜県郡上市高鷲町大鷲字下畑184番地 |
 |
|
郡上市支部 1544 |

|
|
千疋神社
|
詳細
|
| 当村庄屋中村市左ェ門氏宅に古文書預け置き正徳何年に庄屋宅火災になり書類全部焼きて其の後の事は不明なり。村の中の最長者増田與市郎氏に聞く処により元禄中年に社殿の再営せし棟札有りしのみ。其の後更に不明。昭和三十四年九月十五号台風に依り粟島神社社殿倒壊したので、昭和三十五年四月二十五日本庁へ申請して合併手・・・・・・・・・・ |
| 501-3954 岐阜県関市千疋1201.1202番地 |
 |
|
関市支部 915 |

|
|
越原神社
|
詳細
|
| 創立年記不詳なりと雖も、里伝に応永の頃牛頭天王を勧請奉斎せられ、近村広く崇敬厚かりしと云ふ。後天災地変相続き、社殿も荒廃に帰せり。貞享二年に至り、庄屋安江三右衛門近村崇敬者の奉賀により社殿を再建し、祭事も盛大に執行せり。以後歴代の庄屋度々社殿及鳥居の修理せられし棟札あり。文政七年三陽の蹇女各地を巡り・・・・・・・・・・ |
| 509-1301 岐阜県加茂郡東白川村越原501番地 |
 |
|
加茂郡支部 522 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 当社は美濃市立花、長良川の清流に望み、板取川の長良川に注ぐ所ろ山の麓に鎮座する。白山街道(郡上街道)は長良川左岸、美濃市曽代を北進してきて、此処白山神社の前で右岸に渡っている。更に古道は現在の白山神社の山に向って登っている。白山神社登拝道の喉口であった。洲原神社とともに僧泰澄の奉斎になる神社である。・・・・・・・・・・ |
| 501-3705 岐阜県美濃市立花907番地 |
 |
|
美濃市支部 2461 |

|
|
白山神社
|
詳細
|
| 創建年月及縁由不詳
白山信仰の開祖と仰がれている泰澄大師が美濃洲原に里宮洲原神社を祀り各地を廻り布教行脚され、途中下沓部村に草庵左近院を結び暫時滞在された折、三神尊像を彫り祀られました。後世になりこの三神を当神社に移し、下沓部村と合同でお祭り行ったと伝えられています。当神社の創立は不詳であるが、永・・・・・・・・・・ |
| 509-1622 岐阜県下呂市金山町金山308番地 |
 |
|
益田支部 303 |

|
|
十二社神社
|
詳細
|
| 勧請年記不詳なれども寛文十一年二月二日の棟札あり。古来村社。延宝九年九月奉造営。能州加茂郡深萱の庄十二社大権現一宇稲葉石見大字越智朝臣正休と記せる棟札あり。外に稲葉守の社殿修理の棟札三枚存す。その他正徳宝暦以下棟札数枚文字消失の棟札を存す。天保九年八月御神霊十二柱の中九柱何者かに盗まれし其の節御神体・・・・・・・・・・ |
| 505-0077 岐阜県加茂郡坂祝町深萱狐岩1399番地 |
 |
|
加茂郡支部 367 |

|
|
高天良神社
|
詳細
|
| 創立原由未詳なりと雖も、高寺権現は養老年中に泰澄大師の開基なりと伝ふ。然るに高寺権現大破に及ぶこと久しく其の節当村に物太夫と申す者村方一統と登山して、御神霊を奉拝。御堂を建立し、奥之院として奉斎したる処なりと、古文書に伝へらる。爾来累次の営繕を行ひ、明治二年九月九日「高寺」を「高天良」と改め、明治七・・・・・・・・・・ |
| 509-1222 岐阜県加茂郡白川町下佐見891番地の1 |
 |
|
加茂郡支部 521 |

|
|
琴平神社
|
詳細
|
| 文政十二年本村佐合庄左衛門昌義旧幡尾州竹腰山城守家臣山方役市岡甚五郎左衛門扱にて、樹木来て之有り。開墾田畑及山林成立の為祭るなり。・・・・・・・・・・ |
| 505-0017 岐阜県美濃加茂市下米田町小山825番地 |
 |
|
美濃加茂市支部 2425 |

|
|
大八柱神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なり。里伝に曰く、当社は天正十年十月吉城郡高原郷諏訪城主江馬輝盛敗亡の時夫人某氏常に信仰する住吉明神の御霊代の神鏡を奉じて傅人横山盛方に導かれ辛くして当地に遁れ来り農家に潜伏し、後一祠を営みたりと云ふ。又云ふ。当神社は江馬一族累代の尊崇する神社にして寿永二年備前守平忠盛男修理大夫経盛の末子と・・・・・・・・・・ |
| 506-2131 岐阜県高山市丹生川町大萱字宮垣内740番地 |
 |
|
大野支部 2152 |

|