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八幡神社
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詳細
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| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 502-0006 岐阜県岐阜市粟野西8丁目682番地 |
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岐阜市支部 1177 |

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稲荷神社
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詳細
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| 元禄十五年以前創祀。創立年代旧記伝来無くして不詳なれども然るに現今存在する棟札に元禄15年建立とあれども、是は再営の由。夫れより古く年暦を経たる事氏子の口碑に伝承する処たり。明治四十五年六月二十一日境内社八幡神社を合祀す。平成10年10月20日認証番号1850,1851を吸収合併。・・・・・・・・・・ |
| 501-2134 岐阜県山県市松尾323番地 |
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山県市支部 1777 |

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八幡神社
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詳細
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| 創祀不詳。従来より無格社。享和三年御領内明細記鷲ノ巣村の條に左の記録あり。 八幡宮 社二尺五寸、二尺五寸 境内御除地。 棟札天明六年正月奉拝殿造営。寛政九年十一月奉葺替御社と記しあり。・・・・・・・・・・ |
| 503-1261 岐阜県養老郡養老町鷲巣792番地 |
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養老上石津支部 3120 |

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八幡神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、上代国賊宿禰討伐の節武振熊命此の地に屯して祈願せし跡地なりと伝ふ。境内に祈願座(ノリクラ石)と称する平盤の巨石を存す。仁徳天皇六十五年国賊両面宿儺なるもの皇命に従はず國中横行掠奪を事とせしかば、老功臣難波根子武振熊命をして誅討せしめらる。宿儺は三野國より斐陀に逃がれ密かに当地日面出・・・・・・・・・・ |
| 506-2134 岐阜県高山市丹生川町桐山字野方302番地 |
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大野支部 2155 |

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八幡神社
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詳細
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| 古記録に曰く、慶長二年奉造営とあり。野村城主織田河内守長考の末子分家当村に居住守護神として八幡大神を勧請。之れ本社創建の始めなり。戸田采女正氏信公御崇敬厚く、慶応年中社殿改造に代参を以て金穀の寄進あり。当時社殿は壮麗を極めしも、火災の為焼失。建立後又震災の為倒壊し、再三奉改造とあり。村民の敬厚き神社・・・・・・・・・・ |
| 501-0515 岐阜県揖斐郡大野町桜大門字宮東289番地 |
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揖斐郡支部 2905 |

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天満神社
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詳細
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| 養老元年中越の泰澄大師加賀國開創の後郡上郡に四十九社を創建す。当社は其の一社にして鈴原八幡と称へしが何れの頃よりか同殿に菅神を祀り社号を天満と改称せしと云ふ。・・・・・・・・・・ |
| 501-4236 岐阜県郡上市八幡町相生1839番地 |
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郡上市支部 1431 |

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八幡神社
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詳細
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| 霊亀二年当村住農尾藤氏なるもの夢想に依り養老二年当村七代天神創立と同時に創建すと云ふ。・・・・・・・・・・ |
| 501-4610 岐阜県郡上市大和町島字桑原6126番地の1 |
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郡上市支部 1511 |

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八幡神社
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詳細
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| 延長八年創祀。当村始め皇大神宮小泉御厨となり。次いで武家時代に入りて小泉庄と称し、歓喜光院御領となりて、朝恩を蒙る。やがて花頂院御門跡領となり、康正三年中興願主仙孝御門跡御代官○泉寄進にて八月二十二日造営成る。次で慶長十二年十一月七日幕府木曽代官当郷領主山村甚兵衛良勝寄進再興するところ、歴世公家武門・・・・・・・・・・ |
| 505-0115 岐阜県可児郡御嵩町井尻240番地の1 |
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可児支部 549 |

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八幡神社
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詳細
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| 応仁乱後当地足利義政の領地となり御代官橘永久支配せり。此時当地坊島村と称し、足利氏の氏神八幡社を勧請し、坊島村の氏神とす。応仁元年八月八幡宮を当村惣社とし、天神森に祭る。(大和村誌)・・・・・・・・・・ |
| 501-0606 岐阜県揖斐郡揖斐川町房島393番地 |
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揖斐郡支部 2957 |

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八幡神社
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詳細
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| 創祀不詳。往古より、字坂に奉祀の処、氏子の願望により慶応三年現今の境内に移転す。棟札中最古のものに元禄九年宿月吉日とあり。・・・・・・・・・・ |
| 503-1636 岐阜県大垣市上石津町西山963番地の1 |
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養老上石津支部 3257 |

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