
|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 天正五年八月創立。その他縁由不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-0431 岐阜県本巣郡北方町北方字大門1349番地 |
 |
|
本巣郡支部 2772 |

|
|
五社神社
|
詳細
|
| 旧名正六位上大縣明神。当國神名帳に載せられたる多芸郡十六社の一なり。美濃明細記に「縣明神は多芸郡宇田邑にあり。正六位上大縣大明神境内六段余領主より除地云々」とあり。御祭神は往古の当地の縣主を祀れるなるべし。後世三島神社以下四社を加へて五社神社と称す。何れも勧請年月不詳。宝暦九年十月惣百姓連印を以て旧・・・・・・・・・・ |
| 503-1335 岐阜県養老郡養老町宇田1026番地の1 |
 |
|
養老上石津支部 3191 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 元郷社應神天皇を祀る延長8年石清水八幡宮を勸請し、康平6年源義家本社及び末社を再建したと伝えられる。鎮座地は石清水八幡宮御願塔院領として有名な明智荘で既に承暦2年12月の文書にその名が見える、本社はかかる関係から勸請奉祀せられた古社である、後長祿3年に斎藤利永入道妙椿は社殿を修造営したと伝えられてい・・・・・・・・・・ |
| 505-0122 岐阜県可児郡御嵩町顔戸1172番地の1 |
 |
|
可児支部 561 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 創祀未詳。里伝に曰く、生駒氏城当村今の古城山に城あり。当社に当たりて鬼門なり。依って鬼門守護のため勧請せしもの也と云ふ。元同村字渡鎮座稲荷神社、同字鎮座秋葉神社同年四月二十五日八幡神社に合祀奉斎す。・・・・・・・・・・ |
| 509-0206 岐阜県可児市土田2906番地 |
 |
|
可児支部 583 |

|
|
森越八幡神社
|
詳細
|
| 当社元八幡神社と称し、其の創立年月不詳。明治維新村社に列し、同四十二年六月日和田八幡神社へ合併合祀せり。然るに昭和二十二年四月二十四日付を以て神社本庁所属として旧地に再建創立して森越八幡神社と称す。・・・・・・・・・・ |
| 509-3404 岐阜県高山市高根町小日和田字東垣内297番地 |
 |
|
大野支部 2201 |

|
|
六社神社
|
詳細
|
| 御神實の表面に神号を彫刻し「文明三年卯齋賢敬白」とあり。これに依れば、文明以前の創立に係る神社なること明らかなれど、創立年月縁故不詳。当社のこの鎮座地は古くより元無格社神明神社の鎮座地たりしが、明治四十一年十一月三十日字威徳山より当社社殿を移転合併し社号は六社神社を存す。境内社御鍬神社は、元神明神社・・・・・・・・・・ |
| 503-1244 岐阜県養老郡養老町竜泉寺182番地 |
 |
|
養老上石津支部 3110 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 今を去る680年前延慶元年3月3日楠孫三郎正長八幡宮の小社を再興して2社の御神を勧請して神功皇后、応仁天皇、比め大神を奉遷し爾来幾星霜に亘る御社の修復に伴う遷宮等は別当千手院(現在西隣に有る御寺)住職を祭事導師とし祠宮関屋氏とによって祭事が行なわれて来たのが今の八幡神社の始まりであります。その後寛永・・・・・・・・・・ |
| 501-0236 岐阜県瑞穂市本田字八幡1506番地 |
 |
|
本巣郡支部 2702 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 当神社は創建年紀不詳なりと雖も、小関村の起源は最も古し。即ち壬申の乱の際天武天皇此の地に大捷を得給ひ、関東の地勢たるや軍事上警備上重要なる地点たる事を認められ、之がため翌白鳳元年には此の地に不破の関の正庁を設置せらる際小関村は北国脇往還の関門たるの故を以て不破関(大関)の姉妹関たる(小関)を置かる。・・・・・・・・・・ |
| 503-1501 岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原字一二ノ湯1371番地 |
 |
|
不破郡支部 2508 |

|
|
垂井神社
|
詳細
|
| 創祀未詳なれど、日本武命の眼病並足を洗浄され、保養されたと伝へられ、俳聖芭蕉の古句あり。聖武天皇の行幸せられたと伝へらる。・・・・・・・・・・ |
| 503-2100 岐阜県不破郡垂井町1351番地の1の2 |
 |
|
不破郡支部 2537 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 福手兵部少輔生國は出雲の国其の時大乱世にて処々の武士度々戦ひ故に治承二年福手氏産れ國立ち退き代々の氏神八幡宮を供奉して当郡相先村内もと祖手村に城を築き暫く居住し、養和元年当郡西乙原村花庵の城に移り其の時下屋敷を各地に建て然して当社を安置し、承元二年亦当地字中岩山に遷座す。夫れより当地の氏神となせりと・・・・・・・・・・ |
| 501-4103 岐阜県郡上市美並町山田1646番地の1 |
 |
|
郡上市支部 1378 |

|