
|
|
神明神社
|
詳細
|
| この神社は現在の日比友三の祖先が大跡新田開拓の折祭ったもので、三百年以上の歴史を有し、神社の森は現在の津屋川下流へ一町以上も続いていたということだが、度々の洪水の為堤が決潰し、現在では森が無い。現在の氏子は日比家及開墾に協力した大跡新田より小倉に移住した者の子孫で、之等により盛な祭を行っている。・・・・・・・・・・ |
| 503-1262 岐阜県養老郡養老町小倉字宮下地内 |
 |
|
養老上石津支部 3126 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創祀不詳なるも、再興年度は天和元年十二月(棟札)遡りて再興以前を考ふるに、本社当大字新井地内字川原口(元宮田地名の一部なりしが慶安三年大滝川の決壊後は川原口と称す)に鎮座せしが、大滝川沼岸再度の水害を慮りて現在の位置に遷座せり。是再興の年度なりと而して故鎮座の地には伊勢杉と称する老杉ありて、幹の周囲・・・・・・・・・・ |
| 503-2105 岐阜県不破郡垂井町新井429番地 |
 |
|
不破郡支部 2547 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 宗教法人神明神社として設立してなかったので設立する。・・・・・・・・・・ |
| 503-0111 岐阜県安八郡安八町西結字板屋島2628番地の1 |
 |
|
安八郡支部 12 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 当社の起源年代不詳なり。此の地山内字東平の内荒神洞厳壁の岩屋あり。其の深さ九尺横幅二間なり。然るに里人の口碑に曰く、往古何國より来るか落人来り、此の岩屋に住す。又谷辺に出て萱屋を結て此に移りて住居す。開墾して穀種を作り又麓に伊邪那美神を勧請し崇敬す。故に自然岩屋谷と称す。後産子多数なり。連年祭典執行・・・・・・・・・・ |
| 506-1103 岐阜県飛騨市神岡町岩井谷326番地 |
 |
|
吉城郡支部 1219 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 元禄十年濃州葉栗郡竹ヶ鼻藤原朝臣吉田藤右ェ門家次に命じ、本殿を謹造せしめ、天照皇大神を奉迎安置し、同年八月十九日当村字村南の浄地に之を鎮座。五穀豊穣村内安全を祈願したるに始まり、産土神として氏子崇敬今日に至る。この間延享四年正月、安永四年八月、嘉永元年九月、大正十年一月、本殿改築遷宮の式を行ふ。・・・・・・・・・・ |
| 501-6204 岐阜県羽島市足近町小荒井字嫁振1389番地 |
 |
|
羽島支部 210 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創祀不詳。元多藝郡大墳村字前田(現今養老郡多岐村多岐)に鎮座の処、明治二十五年三月岐阜県の許可を得て、同二十五年十一月現在の地に移転す。・・・・・・・・・・ |
| 503-1263 岐阜県養老郡養老町船見260番地の3 |
 |
|
養老上石津支部 3127 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 勧請年紀不詳なれども、寛永十三年九月創建の棟札あり。・・・・・・・・・・ |
| 505-0001 岐阜県美濃加茂市三和町廿屋210番地の1 |
 |
|
美濃加茂市支部 2366 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創祀不詳。天祖天照皇大神の御高徳を崇敬し、鎮守の神と奉鎮せる神社にして、古来村内八幡社と領毛八幡社と並びて佐波三社と称せられ、村の古記録に慶長十六年八月初めて堂を建つの文字あり。鎮座はそれ以前なるを知るべし。・・・・・・・・・・ |
| 501-6121 岐阜県岐阜市柳津町上佐波7-80 |
 |
|
羽島支部 202 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 宝暦九年浅草西村神社御改帳に依れば、神明社三尺三尺五寸境内八間 十八間。棟札奉勧請天照皇太神宮裏書御本体大日如来酉元禄六年八月二十三日。享保元年奉再建立神明宮。惣氏子。宝暦○年九月吉日奉修理 神明宮 惣氏子。右三度修理仕り候当村に御朱印地毎御座社人社僧火燈毎印御座候とあり。・・・・・・・・・・ |
| 503-0945 岐阜県大垣市浅西字古堤944番地 |
 |
|
大垣市支部 2032 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創建年月及縁由不詳・・・・・・・・・・ |
| 503-0947 岐阜県大垣市浅草上1番割638番地 |
 |
|
大垣市支部 2034 |

|