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八剱神社
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詳細
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| 斉衡二年八月十七日創祀。当社は延喜式神明帳尾張國中島郡(三十座の内)石刀神社及尾張國神明帳中島郡石門神社は当社なり。則ち本証にも尾張國中島郡式内三十座の内石刀神社國張に云石門天神社今在石田村云々。(中島郡に石刀村なしこれは石田村の事ならん。登と手は國音相近ければなり而して勧請は斉衡二年八月十七日鎮座・・・・・・・・・・ |
| 501-6321 岐阜県羽島市桑原町八神4665 |
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羽島支部 279 |

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縣神社
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詳細
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| 擁烈根之命は五十瓊敷入彦命の御嫡男市隼雄命の御弟にして人皇十三代成務天皇の御宇に一祠をこの地に創立し、その后度々暴風の為に社頭傾頽すと雖も氏子等心を合わせて其の時々改め建立す。・・・・・・・・・・ |
| 500-8176 岐阜県岐阜市県町1丁目4番地 |
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岐阜市支部 936 |

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武並神社
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詳細
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| 建武2年(1335)8月に創立され、慶安3年(1650)3月現在地に本願主、市川源太郎正永、施主、成瀬祐閑居士、可知半助、度会彦三郎、庄屋、市川茂左衛門正盈、組頭、宮地九兵衛、伊藤太左衛門、可知九郎次郎、山内藤七郎が再建したといわれ、工匠は後藤三郎四郎で以後大きな変化なく現在に至る。祭神は大己貴尊、・・・・・・・・・・ |
| 509-7122 岐阜県恵那市武並町竹折森前1210番地 |
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恵那市支部 1556 |

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須原神社
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詳細
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| 明澄十八年十月創祀。慶長十八年春白山比□羊神を安部組字に祀る。・・・・・・・・・・ |
| 501-2807 岐阜県関市洞戸阿部根場土1680番地 |
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武儀支部 2607 |

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諏訪神社
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詳細
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| 創立年代は不祥。古伝によると、戦国時代の永正年間桜洞城主三木直頼の家臣荒井四郎右衛門が、信州の諏訪大神を勧請し、大島村郷石原に祠を建て、守護神としたのが創始である。戸田采女正による元禄検地の際、境内除地3反3畝10歩を付せられた。その後荒井家は衰亡し、正徳元年蔵田五右衛門が、現在地に移し祀ったと伝え・・・・・・・・・・ |
| 509-3106 岐阜県下呂市小坂町大島2116番地 |
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益田支部 339 |

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熊野神社
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詳細
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| 創祀不詳なれ共寛永二十一年、寛文四年九月、明和元年九月、天明六年九月、文化四年九月、弘化三年九月、宝永元年九月、享保九年九月、延享元年九月右修理造営の棟札あり。・・・・・・・・・・ |
| 502-0803 岐阜県岐阜市上土居字戸石965番地 |
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岐阜市支部 1190 |

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田瀬神社
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詳細
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| 創祀未詳。貞享二年十二月再興。その他由緒記載なし。・・・・・・・・・・ |
| 508-0201 岐阜県中津川市田瀬1番地 |
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中津川市支部 2237 |

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南宮神社
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詳細
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| 今を去る1260余年前の養老元年(717)原村(初音)の大坪(禰宜)先祖がある夜、「東西を清流で囲む高そうの地に移りたい」という神のお告げを夢に見た。数日後原村字御手水の水の中から神像が出現されているのを発見し、村人と協力して現在の場所に神殿を造って神像を祀り、のち更に木像を彫りこれを御神体として祀・・・・・・・・・・ |
| 501-4232 岐阜県郡上市八幡町初音2506番地 |
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郡上市支部 1415 |

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熊野神社
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詳細
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| 文徳天皇の皇子惟喬親王糟ケ谷に熊野権現を御勧請後災禍にあい炎上す。承平2年池田氏池田山権現の段に再興奉齋す。この時既に村人池田山、天神山に天神明神を祀る。美濃国神明帳に池田郡従五位下天神明神の名を見る。猶古書は天永2年天満大自在天神を勧請白山権現社等宮数16社を数えると記す。後白河上皇は京都に新熊野・・・・・・・・・・ |
| 503-2406 岐阜県揖斐郡池田町宮地865番地の1 |
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揖斐郡支部 3048 |

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柯柄八幡神社
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詳細
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| 当神社は延喜年間(901)に金山村の中宮の地に氏神として、八幡社が勧請されたものと伝えられています。応永18年(1411)、反乱を起こした飛騨国司姉小路伊綱を誅伐せんと、将軍足利義持の命を受けた源高員が諸勢を催して金山村を通りかかった折、濃飛の国境である当村で一泊されたそうであります。その時、高員が・・・・・・・・・・ |
| 509-1622 岐阜県下呂市金山町金山字神戸平2490番地 |
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益田支部 304 |

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