
|
|
諏訪神社
|
詳細
|
| 承平元年藤原伊房公奉斎、旧馬籠村の産土神
馬籠の里に一の御祠を御建立、天照皇大神 諏訪大明神を御奉祀し朝廷の御武運長久を祈られたとあり。また日本武尊御坂街道戦勝にて御通りの 折り御参拝されし神地なりと伝承ありという。
明治五年十一月村社に列す。
・・・・・・・・・・ |
| 508-0502 岐阜県中津川市馬籠字アラ町5183番地 |
 |
|
中津川市支部 3354 |

|
|
熊野神社
|
詳細
|
| 古老の言によれば、明治前は「イチオイ様」と称へ当時旧暦九月九日の例祭にして、氏子の上屋敷舟岡澤渡の三村より出し物を造り、笛太鼓の囃子にて参道より神前へ御渡りにて、散餅したるが、明治二十二年頃より出し物造る事をやめ、俗に称する「ヤカタ」に中央に木造朱塗りの獅子を置き、之を二人して担ぎ、笛太鼓の囃子にて・・・・・・・・・・ |
| 509-0203 岐阜県可児市下恵土1677番地の1 |
 |
|
可児支部 580 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 当社の創建年紀は不詳なるも、慶長五年九月十五日関ヶ原合戦の際には関ヶ原町大字関ヶ原字西甲斐墓1950番地の丘陵に祀られてあったので、島津維新は陣地としても好適の地であるのでこの神社の境内を本陣となし、戦勝を祈願し、その前出している清水を軍用水として使ったので、今でもこれを薩摩井戸と称している。嘉永六・・・・・・・・・・ |
| 503-1501 岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原字神田1871番地の1 |
 |
|
不破郡支部 2512 |

|
|
菊地神社
|
詳細
|
| 勧請年月日不詳。元天満社と云ふ。里伝に加賀國菊池の地より移すと云ふ。元加納藩所轄の時菊池社と改称す。社頭に往来の松あり。今枯失す。然れども詩歌に有名なるにより、世俗往来の松と云ふ。明治四十一年十月清字東牛田の神明神社(天照皇大神)多賀神社(伊弉册命)白山神社(伊弉諾命菊理姫命)を合祀す。後醍醐天皇の・・・・・・・・・・ |
| 500-8346 岐阜県岐阜市清字上沼776番地 |
 |
|
岐阜市支部 993 |

|
|
秋葉神社
|
詳細
|
| 創祀不詳なるも、古老伝に曰く、寛政年間村中屡々大火あり。信徒協議して字西山に鎮座し、鎮火神社とす。・・・・・・・・・・ |
| 503-2108 岐阜県不破郡垂井町大石2052番地 |
 |
|
不破郡支部 2554 |

|
|
八幡神社
|
詳細
|
| 八幡神社は創建年未だ詳かならず、寛正三年修復せられしより百五十年天正六年三月足立與三右衛門再興す。先年は本村字庄内に鎮座す。氏神地一反五畝歩御除地とありし現今の字井田615番地二反十六歩の地なり。延宝二年今の地松尾一番地に遷座す。明治六年一月郷社に定めらる。若宮神社祭神息長帯姫命、八幡神社の祭神譽田・・・・・・・・・・ |
| 501-3265 岐阜県関市小瀬1番地の1 |
 |
|
関市支部 876 |

|
|
岩村神社
|
詳細
|
| 承久3年(1221)後鳥羽上皇が鎌倉幕府打倒の兵をあげたが幕府に鎮圧された事件を承久の乱という。承久の乱の頭目とみられたのが承久殉難五忠臣といわれる5人の公卿で一条信能はその一人である。彼は官軍の一将として出陣した岩村城主遠山景朝に伴われて鎌倉へ護送される途中幕命により、同年8月14日ここ遠山荘岩村・・・・・・・・・・ |
| 509-7403 岐阜県恵那市岩村町字若宮750番地 |
 |
|
恵那市支部 1599 |

|
|
若宮八幡神社
|
詳細
|
| 創建年紀不詳。慶長五年九月十五日関ヶ原合戦の節破壊す。徳川家康公より当村に御扶持方三千人分。慶長七年正月より同六月まで被下候内を以て同年六月二十一日造立す。・・・・・・・・・・ |
| 503-1501 岐阜県不破郡関ケ原町関ケ原字御所街道310番地 |
 |
|
不破郡支部 2507 |

|
|
秋葉神社
|
詳細
|
| 明和6年3月(1768)に建立された事の外は不詳ですが、恵下の里は、古代より開け中津川の発生の地とも伝わりその証拠に、石器時代の矢じりや土器等の出土も数多くある。当時の有志により建立されて以来恵下、中村の氏子によって守り伝えられ、特に恐ろしき火の禍いを鎮める社として今も崇敬されています。恵那山前山の・・・・・・・・・・ |
| 508-0001 岐阜県中津川市中津川2571番地の2 |
 |
|
中津川市支部 2212 |

|
|
神明神社
|
詳細
|
| 創祀未詳。由緒記載なし。例祭日九月十二日・・・・・・・・・・ |
| 509-3301 岐阜県高山市朝日町青屋字日焼1352番地 |
 |
|
大野支部 2183 |

|