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手力雄神社
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詳細
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| 長徳四年二月菅原儀右ェ門定勝なるもの近江國犬上郡より当地へ移り来る後菅原姓改めて沼波とす。長保三年四月同人創って三社の祠宇を栗木場に建つ。今福田新田西字大門是なり。其の本社は白鬚明神左若宮右手力雄命なり。天下大乱兇賊拠って巣窟として行旅の人を脅かす。故に時の人難儀森と称す後土人訛って幾森とす。承保三・・・・・・・・・・ |
| 503-0852 岐阜県大垣市禾森町字本郷2033番地の1 |
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大垣市支部 1995 |

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高木神社
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詳細
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| 創立旧記伝来なく、方今其の詳細を知る能はず。然りと雖も二柱の神実を拝覧するに古材の神像にして千載の霜雪を経たる事全く確然たり。然るに今氏子の家に伝来所持する処の旧記に依りて見れば、天平十五年二月泰澄此地に来り自ら観世音の像を彫刻し、本地佛と称して社内に納め奉りし由。爾後年暦重積し、仏損害せしに村吏山・・・・・・・・・・ |
| 501-2113 岐阜県山県市高木114番地 |
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山県市支部 1751 |

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厳島神社
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詳細
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| 創立年代不詳なれど、延宝六年の棟札ありて時于延宝六年十一月一日岩地村惣氏子中。の棟札あり。宝暦九年及び安永五年の岩地村絵図には神社の位置を図示し、宝暦七年の岩地村絵図には神社所在の位置を示し、傍らに辨財天と記す。しかして三絵図とも其の図上の神社の位置等しく現在の厳島神社の位置と同じくて古代に於ける辨・・・・・・・・・・ |
| 500-8225 岐阜県岐阜市岩地2丁目23番22号 |
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岐阜市支部 946 |

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伊奴知神社
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詳細
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| 寛永十三年五月創祀。・・・・・・・・・・ |
| 509-1113 岐阜県加茂郡白川町三川2067番地の1 |
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加茂郡支部 512 |

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玉取神社
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詳細
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| 創祀不詳なると雖も、永正年中大膳当鶉田郷に城主たりし時、社殿を寄付改築せられたりと云ふ。猶御神像二体は古色蒼然として一千年以上の古代の作と拝察せらる。・・・・・・・・・・ |
| 500-8288 岐阜県岐阜市中鶉5丁目108番地 |
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岐阜市支部 978 |

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新宮神社
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詳細
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| 創祀未詳。再建貞享三年六月晦日。本村鎮座組字杉原神山之辺呼杉洞在地名案ずるに本国神名帳異本所載正五位下杉洞天神は蓋し当社か。改称明治二十九年下半期新宮神社と改称す。・・・・・・・・・・ |
| 501-2901 岐阜県関市板取字八ッ保4609番地の1 |
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武儀支部 2619 |

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海戸神社
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詳細
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| 海戸神社は往昔より川合村字宮に鎮座したるに岩手領主竹中重門の崇敬厚く、氏子に請ふて岩手村へ遷座し、代々奉祀したるを、古屋住人は由緒に基づきて竹中氏に請ひ、大正二年十一月古屋の現位置へ遷座移宮したるものなり。・・・・・・・・・・ |
| 503-2503 岐阜県揖斐郡揖斐川町春日川合3923番地の1 |
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揖斐郡支部 3101 |

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三福神社
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詳細
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| 崇徳天皇永治元年飛騨守平時輔当区三仏寺城に在り。一日遊猟して老猿を追ひ、日枝神の霊験を感じて城下山腹に大神を勧請奉祀し、山王宮又三ノ宮と称せり。時輔より四世飛騨判官景家に至り、安徳天皇養和元年二月木曽義仲の部将手塚光盛来討し当城拒守する能はず、終に兵火の為当社も余火に罹りたるも、幸ひにご神体は事無か・・・・・・・・・・ |
| 506-0807 岐阜県高山市三福寺町18番地 |
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高山市支部 1700 |

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石引神社
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詳細
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| 創建は不詳であるが、大垣領分村々明細記等によれば、御嶽蔵王権現の分霊を勧請したるものであり、まして寛永年中大垣城主松平越中守築城のとき、此の地から大石を引き出したるに依り石引神社と称したるものなり。・・・・・・・・・・ |
| 503-2213 岐阜県大垣市赤坂町字北之端3328番地の5 |
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大垣市支部 2089 |

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阿賀多神社
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詳細
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| 延宝六年二月椿村氏子に依り本殿を建設す。天和二年三月十四日伊勢内宮を奉齋鎮せり。御迎宮者孫福久太夫、願主大澤藤重郎武藤庄重郎大澤半兵衛、江崎平右衛門奉仕せし由を傳ふ。大正四年二月二十八日椿字樽洞無格社勝手神社(愛鬘神)、無格社山神神社(大山祇神)を合併す。・・・・・・・・・・ |
| 501-2311 岐阜県山県市椿731番地 |
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山県市支部 1809 |

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