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四天王神社
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詳細
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| 506-0812 岐阜県高山市漆垣内町505番地2 |
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高山市支部 1705 |

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太元神社
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詳細
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| 奥宮創立年月不詳。而して当地に分社創建万治二年九月二十九日とあり、爰に延宝七年十一月当社再建の棟札に依って考えるに、本宮所在の地や高山にして、且つ里を去ること十町有余なり。故に村民計り以て当地に分社せしゆえなり。・・・・・・・・・・ |
| 509-0213 岐阜県可児市瀬田1150番地の1 |
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可児支部 593 |

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若一王子神社
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詳細
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| 当社は寛永十九年八月山城國東山黒谷鎮座の神を勧請し小社を建て祭祀すと傳へらる。・・・・・・・・・・ |
| 507-0801 岐阜県多治見市東町3丁目15番地 |
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多治見支部 1922 |

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太部古天神社
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詳細
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| 美濃国加茂郡川邊村字天神ニ鎮座マシマス古天神ノ儀、延喜式神名記ニ美濃国加茂郡太部神社トアルハ即チ此ノ神社ナリト里老ノ口碑ニ申シ傳ヘ候。境内ニ井戸アリ之ヲ太部井ト申シ、氏神ノ東北ノ字ヲ多保太ト称ヘ、左右ノ字ヲ天神西、天神東ト申シ、西北ノ字ヲ太北ト言ヒ、南ノ字ヲ太久古ト呼ヒ、神社境内ノ四方ノ字ハ何レモ天・・・・・・・・・・ |
| 509-0304 岐阜県加茂郡川辺町中川辺字天神1番地の1 |
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加茂郡支部 431 |

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六社神社
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詳細
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| 創建年代不詳なるも野村藩記録によれば大和國中山立願寺日記下長瀬村は往古灯明寺領に之有。その後葛畑料云々とあり。また保延年中美濃國守菅原葛畑大臣六社明神を勧請創建云々とあり。弘治永禄の頃土岐氏の一族頼政又は信照野村に在城の際、清水の主林七郎ェ門と堺論を為し、長瀬郷士汲田道寿をして六社大明神を鎮守氏神と・・・・・・・・・・ |
| 501-1303 岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲長瀬1224番地の1 |
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揖斐郡支部 3024 |

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水神神社
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詳細
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| 元禄年間鎮座の記録あり。この年間に大洪水がおこり、住民が社殿に縄をかけ、川下に引くが、現在地に至る時に社殿動かず、里人神意なりと受け此の地を社地と成す。大洪水にもかかわらず社殿敷地には害なく、水神として徳高しと崇敬を集める。・・・・・・・・・・ |
| 509-7321 岐阜県中津川市阿木7834番地 |
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中津川市支部 2217 |

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伊太祁曽神社
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詳細
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| 創祀未詳。里伝に乗鞍大神を奉請すと云ふ。寛延十一年本殿改築す。明治四十四年一月、同区字宮ノ前、字谷、字洞、久三伊太祁曽神社を合併す。同年同月同区字コセ鎮座塞神神社、同字コセ鎮座疱瘡神社を合併す。・・・・・・・・・・ |
| 506-2256 岐阜県高山市丹生川町日面字西ノ谷784番地の2 |
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大野支部 2164 |

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赤口神社
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詳細
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| 天文三年長良川筋がいまだかつてない大洪水のため小熊堤防が決壊し下流諸村落を呑み込むと共に、先端は一直線に桑名にまで達し、岐阜桑名間を帆掛船が往来するといった事態が生じた。この洪水に上流から一祠が厚見郡今泉郷地内に漂着した。村人はこれを下流に押し流したが、翌朝来て見ると元の岸辺に戻っており、近くの地に・・・・・・・・・・ |
| 500-8302 岐阜県岐阜市本郷町2丁目12番地 |
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岐阜市支部 986 |

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八雲神社
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詳細
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| 創祀未詳。里伝に曰く、享保又、元文の文字より、中御門天皇の御代又、徳川中期より疫病除けの神とし、祀りたる。旧号を天王と云へり。明治八年八雲神社と改称。・・・・・・・・・・ |
| 501-3936 岐阜県関市倉知字片町895番地の2 |
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関市支部 905 |

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結神社
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詳細
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| 揖斐川左岸の西結町屋に鎮座。祭神は天御中主神。高産霊神。神産霊神。猿田彦命。嘉応年間(1169-1172)の創建と伝え、縁結びの神として知られる。当社が鎮座する町屋は対岸の佐渡村とを結ぶ渡津で、往古から街道集落として賑わっていた。中世の文学作品である「十六夜日記」に阿佛尼は、心情を歌に託し祈願してい・・・・・・・・・・ |
| 503-0111 岐阜県安八郡安八町西結697番地の2 |
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安八郡支部 13 |

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