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盥神社
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詳細
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| 里伝によると第59代宇多天皇(法皇)は野村(後に宇多院村とした)の阿弥陀寺に行幸された。武芸八幡宮、美濃市大矢田の喪山神社、可児市の恵観寺などにも巡幸されたが、その折、不幸にも病に倒れられたため、ここに葬った。そこを「定着の御陵」といい盥神社(たらいじんじゃ)としてお奉りしている。
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| 501-2607 岐阜県関市武芸川町宇多院1318番地 |
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武儀支部 2597 |

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白鬚神社
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詳細
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| 創立年月日不詳と雖も、村の丑寅の方に当たり、土町を離れし字天神裏地内に猿田と云ふ地あり。其の地に勧請ありしは慶長年中洪水の際本地へ流来すと云ふ。小猿田彦大神の縁故を以て今に該地を猿田と謂へり。・・・・・・・・・・ |
| 501-6062 岐阜県羽島郡笠松町田代字白鬚670番地 |
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羽島支部 177 |

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五社神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、「神社明細帳」によれば、往古荒城郡(中古吉城郡と改正す)古川郷高野村(現小鷹利高野組也)古川城(近世蛤蜊城跡と云ふ)の巽大津洞(今大洞と云ふ)に位して大津神社と称え奉る。全国に並び無き社地外田畠宅地山林の除地を有し、建物神器その他地勢自ずから高く、岡巒邱壑森々として社前に馬場古池あ・・・・・・・・・・ |
| 509-4256 岐阜県飛騨市古川町高野1929番地 |
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吉城郡支部 1322 |

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六所神社
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詳細
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| 創祀未詳なれども、里説に曰く、該地白山権現の在しに村内散在せし五社を合祀して新宮六所の社号とす。五社の旧地と称する所今尚指呼に存せり。稲荷社、山神社、地神、女体社、沢神。以上なり。白山社鎮座及び五社合祀年暦未詳。天文六年本社再興の棟札現存す。新宮六所大明神宝殿と記載之有り。村内旧名中呂村と云ふ。明治・・・・・・・・・・ |
| 509-2514 岐阜県下呂市萩原町中呂954番地 |
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益田支部 319 |

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上恵土神社
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詳細
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| 創祀未詳。寛文六年再建。・・・・・・・・・・ |
| 505-0126 岐阜県可児郡御嵩町上恵土404番地の1 |
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可児支部 567 |

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熊野神社
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詳細
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| 当社の創立年代未詳と雖も、里伝に曰く、往古文永年間当地同字内(現本殿地より凡そ二十丁余の山上)一小祠あり。然るに其の小祠は何れの代に誰が建立に係る社なるか明瞭ならず。然るに此社毀損甚だしく屋根をも扉をも、朽放ち、僅かに其の社形のみ存せり。其処は当地氏神社と定むるものなきを以て幸に其社を再建して改め崇・・・・・・・・・・ |
| 509-3201 岐阜県高山市久々野町大西975番地 |
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大野支部 2167 |

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平野神社
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詳細
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| 本社は山城國葛野郡衣笠村字小北山に坐す平野神社なり。桓武天皇延暦十三年建立(大日本史)祭神を後世仁徳天皇なりと云ひ、或は今木社は日本武尊(源家氏神)久度神は仲哀天皇(平家氏神)古開神は仁徳天皇(高階氏神)比□羊神は天照大神(大江氏神)なりと、一説に(祝詞略解、執中抄)云。今木神は今食神にて六月十二月・・・・・・・・・・ |
| 509-3206 岐阜県高山市久々野町山梨1814番地 |
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大野支部 2173 |

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石上神社
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詳細
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| 創祀未詳。可児氏の氏神社なり。神社背後は石崖なり。境内に御鍬神社(祭神大水上御祖神)あり。大和の石上神宮との関係は不詳。・・・・・・・・・・ |
| 501-3511 岐阜県関市中之保森前1040番地 |
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武儀支部 2648 |

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八幡神社
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詳細
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| 山背國宇治郡神主大伴篁波当地に来り若津保某八鉾某と共に議て大寶元年八月十二日創祀し酒谷八幡宮と号す。大伴武波壬申乱に大友皇子に従い、軍破れて遁れて当地に来り、豊前國より宇佐八幡大神を勧請併せて多岐都姫を奉祀鳴瀧宮と称す。後世上津保の郷惣社と称するは是なり。元禄十二年社内盗人来り古書由来神宝盗み火を放・・・・・・・・・・ |
| 501-3601 岐阜県関市上之保字先谷2031・2032番地 |
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武儀支部 2662 |

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諏訪神社
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詳細
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| 社伝によれば平安朝時代創祀。里伝に曰く、御構の館の艮の方に位し、故姉小路家代々奉崇する鎮守神たり。南方に別当宮谷寺在りて鼎足の如く共に有名の霊地たるも漸々廃絶して、わずかに社殿のみ存在す。中古構稲荷と称号せしを近世復古すと云へり。維新の後祭式は復旧して再び昔時の奇観を偲するに足ると雖も、未だ社殿の修・・・・・・・・・・ |
| 509-4215 岐阜県飛騨市古川町杉崎字御構3433番地 |
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吉城郡支部 1318 |

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